3

「あけて……?何を、でしょうか」

「さぁ……。とにかく、そんなことがあって、その小屋を使うのが嫌になって……。『薄明ギルド』に依頼したんだ。もう変なものが出ないようにしてくれって」


 話し終えたヘデラは赤髪をかきあげて、私の出したお茶を飲んだ。

  

「……その場で人の犠牲は出ていない。影響を与えたのもただのぬいぐるみだ。……危険度は低い」

「じゃあなんで冒険者が死んでんだよ、そこで」


 ルードはあくまで譲らないようである。また険悪になり始めた二人を宥めながら、私は受付から持ってきた冒険者台帳をめくる。


「ええと……亡くなったのは、ヨナス・コルネさん、二十三歳。冒険者ランクはC。それなりの経験は積まれているランクですね。難易度『低』の依頼なら本来は楽勝……のはず、です」


 台帳の写真を見る。……彼とは、受付で会話をしたことがあった。

 

「……確か、ご本人が、『自分はあまり強いほうではない』……って、仰ってました。なのでいつもは普通のギルドで簡単な採集や討伐の案件を受けていると。

 ……ただ、弱い霊になら対処できるから、ここにも登録してる、って」

「よく覚えてるね。さすがアリー」


 記憶を辿ってヨナス氏のことを思い出す。ルードが微笑んで褒めてくれた。


「……何度か食事に誘われたことがあるので、お顔を覚えてました」

「は!?」

「勿論お断りしましたよ。お仕事中ですし」


 苦笑しながらナイナイ、と手を振ると、ルードは険しい顔で台帳のヨナス氏を見つめる。


「……次から、そういうことがあったら、必ず俺に報告して」

「はい?」

「ギルドマスターとして、知っておく必要がある。いいね?」

「は、はい……」

「……出禁にするから」


 ルードの笑顔が、黒い。何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。……気のせい、だよね。

 呆れたような顔で頬杖をつくヘデラの冷視線を、ルードでは華麗に無視して続けた。


「さっきも言ったが、若者達を脅かした『シシリ様』は、強いものじゃない。

 干渉したのはぬいぐるみひとつ。それも、若者バカ達が自分の血を触媒にしてる。……それだけお膳立てすればどんな低級霊でも入ってこれる。つまり」


 そこまで言うと、ルードは一息つく。柘榴色の瞳が細まった。

  

「……生きた人間を殺すなんてことができるはずがない。これは別の何かによる仕業だよ。……おそらくは、騎士団の仕事だ」 

「その騎士団が、被害者が『薄明』の冒険者なら自分たちの仕事じゃないってぬかしてんだよ」 

「…………は?」


 私とルードは絶句して顔を見合わせる。それは、人が死んだのに調査をしないってこと?……騎士団、ひどくない?


「前回の件といい、ここ最近の騎士団はどうなってるんだ……」

「……ルード……」


 難しい顔で額を抱えてしまったルードを見る。

 

 ……そんな事になった小屋を使えるわけないし、売ろうとしてもなかなか買い手がつかないだろう。ヘデラが可哀想だ。

 助けてあげられない、かな。うちだって、無関係なわけじゃないし。

 

「……やむを得ない、か……」


 ルードは息を吐き出し、顔を上げる。


「追加の依頼はヨナス・コルネ死亡の真相解明。……それでいいな」 

「ああ。依頼料は据え置きでな」


 にやりと笑いながら要領よく付け加えるヘデラである。ルードは物凄く嫌そうな顔をして、それでも渋々といったように頷いた。


「ああ、それと。これ」


 帰ろうと腰を上げたヘデラは、思い出したように鞄から小さな箱を取り出してルードに向かって放り投げる。

 ルードは片手でキャッチすると、中身を改めて「確かに」と呟いた。


「アンタがこんな依頼なんて何事かと思ったけど。今日来て納得いったわ。……うちの師匠の傑作だよ。じゃ」


 ヘデラはどこか楽しそうに言うと、私にも手を振り帰っていった。 

 

*****


 ルードの様子が、変だ。先程からずっと、落ち着かない様子でヘデラが置いて行った箱の蓋を開けたり閉めたりしている。……どうしたんだろ。そして何なんだろう、あの箱。


 しばらくそんな間が続いた後、ルードは意を決したように私を呼び寄せた。 

 

「アリー……。手を、出してくれないか」 

「……はい?こう、ですか?」


 言われるがままに左手を差し出すと、ルードは箱をぱかりと開く。

 その中から取り出したものを私の小指にするりと通した。


「……わぁ、綺麗……」


 それは、銀色に輝く細身の指輪だった。真ん中に深い赤色の宝石があしらわれている。

 繊細な飾り細工が施されていて、貴族時代にも滅多にお目にかかったことのない高級品のようだ。


「お守りだよ。……ヘデラに依頼していた。君に危害を加えようとするものから守ってくれる」

 

「え、わざわざですか!?あ、ありがとうございます!あっ、お代はお給料から引いといてくださ……。いや、足りますかそれで……!?」


 この輝き、三ヶ月くらい給与返上する必要あるんじゃないの?あわあわしていると、それが面白かったのか、ルードは珍しく声を上げて笑った。


「代金はいいよ。元はといえばうちに来たせいで余計な苦労をしてるんだ。それは迷惑料。もらってくれる?」

 

「……は、はい……あ、でも……。これ、ちょっと大きいかもです。サイズ……」 

「え!?そのサイズで!?」


 わずかだけれど、指輪と小指の隙間が空いてる。触ってみると、くるくる回ってしまう。

 このままだとふとした拍子に落としてしまいそうで怖い。

 君の指はそんなに細いのか……とルードが愕然としている。そりゃ、男性に比べればね?


「……あ、でも。ここにならぴったりです!」


 試しに小指から薬指に付け替えると、指輪はぴったりとはまった。これなら落とさない、と喜んで手の甲を向けると、目を丸くしたルードの顔がじわじわと赤く染まる。

 

「え!?どうしましたか?……薬指、何かまずかったですか!?」 

「……いや、いい。大丈夫……」 

「でも」 

「大丈夫だから……君が良いなら、むしろそのまま、はめていてください……」 

「なんで敬語なんです!?」


 ――その後どんなに尋ねても、ルードの赤面の理由は教えてもらえなく、何故だかその指輪を見る人全てに生温かい視線を向けられることになるのだった。

 ……なんで?

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