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 ヘデラの依頼の詳細は、こうである。


 彼女は、デルセンベルクで彫金師をやっている。依頼に応じて指輪やネックレスなどのアクセサリーを作る職人だ。

 彼女の作るアクセサリーはデザインの良さもさることながら、魔力付与が容易な構造で作られている。そのためお守りに最適だと、若くして人気の職人だそうである。作成依頼はなんと半年待ちだとか。


 そんな彼女は、最近デルシュタインとカリウス国境近くの村のとある物件を購入した。

 そこは小屋、と言っても生活に必要な設備は整っていて数日は寝泊まりできる、ロッジ的な物件らしい。

 少し古かったけれど補修なしでも使えそうで、なにせ安かった。ちょうど何日か泊まり込みで作業に集中するためのアトリエが欲しかったこともあり、ヘデラはそこを買うことにしたのだそうだ。

 カリウス王国に作品を届けることもままあるため、半端な立地も都合が良かった。


 しかし購入したはいいものの、しばらく忙しくて小屋のことは放ったらかしにせざるを得なかった。


 そんなとき、事件が起こったのである。


 ある夜、その村に住む若者四人組が彼女の小屋に忍び込んだ。

 彼らはその小屋が人手に渡ったことは知らず、廃墟だと思って侵入したのだそうだ。後に、肝試しのつもりだったと証言している。


 とはいえ狭い小屋である。侵入したはいいものの少し回ってしまえばすぐ見るものもなくなり、若者達は退屈した。そこで、一人に持ち込んだ酒とつまみで酒盛りを始めたのだ。

 

 酔いも回ってきたころ、彼らのうちの一人が巷で流行している『シシリ様』をやろうと言い出した。霊を呼ぶ、という占い遊びは、肝試しにぴったりだったので、若者達は満場一致で賛成した。

 ちょうど、女の一人が鞄につけていたクマのぬいぐるみがあったので、『シシリ様』の作法に従って準備をした。

 街で流行している方法は、気軽にできるように簡略化されている。しかし若者達は聞きかじった本格的なやり方を選択した。そのほうが不気味で、より肝試しらしかったからである。

 まず、ぬいぐるみの腹を割き、中綿を引きずり出す。そうしてその場にいる全員で、自分たちの指に傷をつけ、滲んだ血液をぬいぐるみの中綿に染み込ませた。

 ぬいぐるみの準備を終えたらそれを床に置く。周りを囲んで全員で「シシリ様、シシリ様、おいでください」と四回繰り返し、占いを始める。

 

 そうして一人ずつぬいぐるみを放り投げ、好きに質問をしていく。質問は『はい』か『いいえ』で答えられるものでないといけない。

  

 しばらくは、くだらない質問をして遊んでいた。

「金持ちになれますか」か「誰それと恋人になれますか」なんて気楽な質問を投げかけながら、ぬいぐるみを放り投げる。

 クマの仰向けになって落ちたら、答えは『はい』。うつ伏せなら『いいえ』だ。確率はおよそ半々くらいで、ぬいぐるみは仰向けになったりうつ伏せになったりした。

 

 しばらく遊んで、ネタがつき始めた頃、仲間の一人の番がやってきた。彼は、ぬいぐるみを拾い上げてこう問いかけた。


「俺は何歳で死にますか?」


 そう言って、ぬいぐるみを放り投げる。

 男に放り投げられたぬいぐるみはぽとりと落ちる。無機質な目が天井を向いていた。

 仲間達は笑った。シシリ様では『はい』か『いいえ』で答えられる質問にしか回答できない。それ以外は意味がない。

 男は苦笑してぬいぐるみを拾い上げると、少し考えてこう尋ねた。


「俺が死ぬのは五十年以内ですか?」


 男はぬいぐるみを放り投げる。……ぬいぐるみは仰向けになって床に落ちた。


 仲間達は笑う。男も笑って、もう一度質問をした。


「俺が死ぬのは二十年以内ですか」

 

 投げる。ぬいぐるみは仰向けに落ちた。

 

「俺が死ぬのは十年以内ですか」


 ぬいぐるみは仰向けに落ちた。


「……俺が死ぬのは、五年以内ですか」


 ぬいぐるみは仰向けに落ちた。


 若者達は、なんとなく沈黙した。偶然にしても、『はい』の答えが続きすぎている。


「……俺が死ぬのは、一年以内、ですか」

  

 ぬいぐるみはうつ伏せになって落ちた。――答えは『いいえ』だ。


 若者達は、ほ、と息をついた。いつのまにか軽薄なムードは鳴りを潜め、部屋の中は緊張した雰囲気が漂っていた。


 と、そのとき


 ぬいぐるみが、動いた。


 小屋の窓はしっかりと閉まっていた。物が動くような風などは、ない。若者達は凍りついた。

 

 ぬいぐるみは、両手を地面につくと、ぐぐ、とその上半身を起こす。それは、うつ伏せに倒れた人間が起き上がる動きそのものだった。

 そうしてそれは床の上に二本の足で立つと、そのまま数歩、部屋の奥に向かって歩きだした。

 そうして、部屋の奥にたどり着くと――その場に倒れた。表情のないクマの顔が、暗い天井を見つめている。


 ぬいぐるみは、仰向けになった。

 ……答えは『はい』である。


 その時、沈黙する若者達の耳に声が聞こえた。


「あけて」


 ――この場にはいるはずのない、幼い少女の声だった。


 若者達は悲鳴を上げた。我先にと扉に駆け寄って、小屋から逃げ出した。質問をしていた若者は、その場に膝をつき呆然としていた。


 夜が明けて、三人は仲間の様子を見に小屋へと戻った。その若者は、昨晩と同じような格好で座り込み、頭を抱えて震えていた。……何を尋ねても、まともな答えは返ってこない。

 

 三人が小屋の壁を見ると、そこには昨日は書かれていなかった文字が一文、辿々しい筆跡で書かれていた。


『みんなしぬ』と。

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