第二章 降霊あそびと秘密の小部屋
第二章 降霊あそびと秘密の小部屋 1
「『シシリ様』?」
「はい、ルードは知ってますか?」
妖精姫の事件から一ヶ月。ギルドでの仕事にも慣れてきた私はルードと世間話に花を咲かせていた。平和な午後である。
「確か……。簡単な降霊術を用いた占いだね」
「こうれいじゅつ?」
耳慣れない単語に首をかしげる。ルードは微笑んで、少し考えながら噛んで含めるように説明してくれた。
「降霊術というのは、霊的な存在と交流を持つ儀式のことだよ。確か、『シシリ様』は未来予知で有名な賢者シシリの霊を呼び出して彼に質問する、というものだ」
そう言ってルードは苦笑する。
「……まぁ、本当に偉大な賢者の霊を呼べるかどうかと聞かれると……相当怪しいけどね」
「ほほう」
勉強になる。
「『シシリ様』はぬいぐるみを使うアレだろう。ぬいぐるみを投げながら質問し、質問の答えが『はい』ならぬいぐるみは仰向けになって落ちる。『いいえ』ならうつ伏せになって落ちる、とかいう」
「そうですそれです!学生時代流行ってたんですよね。……たまに、本当に不思議な力でぬいぐるみの向きが変わる、なんてこともあるらしくて」
「君もやったの?」
……痛いところを突かれた。元婚約者から『幽霊令嬢』なんてあだ名をつけられて、級友と距離があった学生時代を思い出し、苦笑して答える。
「……私、その頃はそういうこと気軽にできるお友達がいなかったので……。クラスメイトがやってるのを見てました」
「……ッやろう!今すぐ!俺と!」
「え?いやいや、別にやりたいわけではなく」
学園で『シシリ様』が流行っていたのは、もう数年前のことなのだが、最近それが復活したようなのだ。
街でポンポンとぬいぐるみを投げる子どもを何度か見かけ、懐かしく思って話題にしてみただけで。
それに、ルードは……『お友達』っていう感じじゃないんだよな。じゃあ何かと言われると……なんだろう?
「それに、私が持ってるぬいぐるみってこれだけなので……。ノッペルンを放り投げるなんてそんなひどいこと、できません」
そう言いながらカウンターの端に置いてあるピンク色のぬいぐるみを見る。……うん、可愛い。
「……ノッペ?え、何だそれ?」
「ノッペルン、です!知らないんですか?デルセンベルク観光協会が最近売り出したキャラクターなんです!可愛いでしょう?」
『ノッペルン』は、デルセンベルクほど近くにそびえ立つノッペル山をモチーフにしたキャラクターである。山の妖精という設定で、葉っぱを模したもさもさの体に可愛らしい目がついており、ひょろりとした茶色の手足が生えている。
先日街に出かけたとき、あまりの可愛さに一目惚れして、思わずぬいぐるみを買ってしまった。ちなみに私が購入したのは春限定の桜ノッペなのでピンク色なのだ。
「……可愛い……?これが……?」
訝しげな顔をするルードにノッペルンの魅力を熱く語り始めたその時、ギルドの入り口のドアが勢いよく……蹴破られた。
「ちょっと!!!ルードはいるか!!!?」
すごい剣幕で乗り込んできたのは、赤髪の美女だった。
*****
強気そうな眼差しをした美女は私と目も合わせずに、ヘデラ、とだけ名乗ると、案内した応接室の長椅子で足を組み、ルードを睨みつけている。
一方のルードは、そんな視線などどこ吹く風で涼し気な表情を浮かべている。
……険悪だなぁ。持ってきたお茶をお出しすると、ヘデラさんが憎々しげに話しだした。
「……アンタのとこの冒険者がアタシの小屋で死んだんだ」
「聞いている。殺人事件として、騎士団が調査するはずだ」
「聞いている、じゃないよ!アタシの依頼は『幽霊騒動』を収めて、あの小屋をアトリエとして使えるようにすること!人死にが出るなんて解決と真逆じゃないか!!」
ヘデラさんはどうしてくれるんだ、と机を叩いた。
私はファイルから取り出してきた依頼票に目を走らせる。……受注時期は一ヶ月と少し前。私がこのギルドに就職する直前のことだ。
******
◆依頼内容 国境近くの小屋の幽霊騒動の沈静化
◆依頼者 ヘデラ・イリーネ
◆難易度 低
◆詳細
・該当物件の
◆受注履歴
冒険者 ヨナス・コルネ(冒険者ランクC)→死亡
*****
……『死亡』。たった二文字で済まされた履歴を見てぞくりと背筋が凍る。難易度は『低』で、最も簡単なランクの依頼なはずだ。
……それでこの結果は、たしかに妙である。
「はじめに説明したが、うちの仕事は冒険者への依頼の仲介だ。その結果については責任を負えない」
「それはわかってるけど、受注難易度『低』に設定したのはアンタだろ。
その結果ランクの低い冒険者が依頼を受けて、死んだ。……はじめの判断に謝りがあったってことじゃないのか」
「……依頼時に『視た』結果では危険度は低かった。……そちらが何か不都合なことを隠していたんではないのか」
「……んだとコラ」
ルードは悪びれないし、ヘデラさんは今にも噛みつきそうな勢いだ。……一触即発である。こんな時に限ってバルドルさんは留守だし、どうしよう。
「とにかく……!」
そう、言いながらヘデラさんが立ち上がった、とたん。ぴたりと止まった。その視線はカウンターの上……端のほうで止まり、固定される。
そこには、私の愛するぬいぐるみが鎮座していた。
「……ノッペルン……!」
「……!ご存知なんですか!?」
思わず声を掛けると、ヘデラさんの視線が初めて私に向く。
「アンタ……この『良さ』が、わかるのかい?」
「はい!すっっっごく、可愛いですよね!?」
「だよな!?この……丸っこい体型とアンニュイな目つきのバランス、たまんないよな!?」
「わかります!喋るとき、語尾に『のぺ!』ってつくのとか、そういうところも大好きです!」
……そうして、私達は唖然とするルードを置き去りに、二人でノッペトークを繰り広げたのたった。
*****
結論から言うと、私とヘデラはものすごく仲良くなった。
やはり可愛いは正義である。ノッペルンの魅力につてさんざん盛り上がり、今度予定をあわせて期間限定ノッペカフェに二人で行くことになった。すごく楽しみだ。
……なお、ルードは私達の様子をずっと死んだ魚の目で眺めていた。
「アリーに免じて訴えるのはやめてやる」
怒りが落ち着いたのであろうヘデラは、ビシリとルードを指差す。
「代わりに責任を取って、アンタが、自ら、この件を解決しな」
そうして、そう言い放ったのだった。
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