幕間

「……以上が、『妖精姫』に関する件の報告です」


 豪奢な部屋の中、ルードは今回の事件の依頼主の前に立ち、事の顛末を報告していた。

 彼の前に優雅に腰掛けてそれを聞くのは、明るい金の髪と空色の瞳を持ち、口元に柔らかい笑みを浮かべた美男子である。

 その面差しは、どこかルードに似ていた。


「いやはや後味の悪い結果だなぁ。確保したタルシア男爵オッサンは操り人形。妖精のミックスジュース、推定千匹分は行方不明……か」 

「十中八九、例の女が持ち去ったのかと」 

「赤い髪のレイディ令嬢ね……。名前はもちろん偽名だろうし、髪もカツラでなんとかなるしなぁ。……どう追ったらいいのやら。骨が折れるね」


 言葉とは裏腹に、青年の口は楽しそうに笑みを深める。面白い玩具を与えられた子どものようにも見えるその表情に、ルードはこっそり嘆息した。

  

の仕事は全うしました。ティーナ嬢の死因は解明した。呪いはもう広がらない。……後は、騎士団の仕事だ。これ以上はもう、無関係です」

「冷たいなぁ。もしかしたらお前の婚約者になってたかもしれないご令嬢のことだろ?」 

「ありえませんね。例え貴方からの命令だとしてもお断りです」


 絶対零度の表情に満足げな視線を送った後、青年はふと、真面目な顔をした。

 

「……実のところお前はどう思う?妖精千匹分の回復薬。それだけあればなんにも怖くないぜ。例えば」


 そこまで言うと、青年はその指で机の上に広げられた領土地図を弾いた。そこにはデルシュタイン、カリウス、そして近接する諸国が描かれている。


「……戦争とか」

「……私には、なんとも」


 言う通り、消えた薬があれば、半分不死身の兵士を大量に作ることができる。大規模な戦争を起こしても自国の兵士は減らさずに耐えられるだろう。

 頑なに意見するのを避け続けるルードに向かって青年は不満げな唸り声を上げた。


「お堅いなぁお前は!……仕方ない、それじゃあ話題を変えようか。とびきり楽しいやつにさ」


 青年は悪戯な表情を作り、片肘をついてルードを指さした。

 

「『初恋の君』との生活は、どんな感じだ?」


 ルードは綺麗な顔を歪め、ものすごく嫌そうな顔をした……かと思うと、後ろに下がり、長椅子にドサリと腰掛ける。 

 天を仰ぎ、深く息を吐き出すと、ぽつりと言った。

 

「……めちゃくちゃ可愛い……」


 先程までとは打って変わって態度を崩したルードの発言に青年は腹を抱えて大笑いした。 


「あっはははは!ユルゲンスの報告の通りだな!女嫌いで通ったお前が骨抜きじゃないか!」 

「うるさいな……の思い出補正だと思ってたら、その百倍、いや千倍、綺麗になって現れたんだ。……骨抜きにも、なる……」 

「愉ッ快だねえ。めでたいめでたい。で、どうするんだ?フィエステ辺境伯に求婚のお許しはいただいたのか?」


 笑い疲れて涙目にすらなる青年を睨みつけ、ルードは苦虫を噛み潰したような顔を続けながら返答した。

 

といいバルドルといい……。この件になるとものすごく楽しそうだな……」

「オレは可愛いの恋路を応援したいだけだよ」 

「領地が欲しい、の間違いだろ」

 

 吐き捨てたルードに、青年は目を細める。

 

「……あそこは元々独立領だ。カリウス王国への忠誠心は元から低い。理由があればこっちにつくさ。……そんな事にならないための王家との婚約だっただろうにな。愚かなことだ。件の第二王子は」


 それは軽薄な口調とはうらはらに、まるで獲物に狙いを定めた蛇のような眼差しだった。


「そういうことだから、オレは大歓迎だよ。アリエッタ嬢との関係は。なんなら既成事実を作ってくれても構わない」

「誰が!!作るか!!」


 顔を赤くして机に拳を叩きつけ、ルードは立ち上がる。さすがに言い過ぎたか、無言で立ち上がった彼はそのまま部屋を出ていってしまった。

 乱暴に閉められた扉に向かって、青年は笑顔で手を振る。


「さぁてと……どう動くかね」


 静まり返った部屋の中、一人残された青年の呟きは夜の闇の中に溶けるのであった。

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