6
ダルトン・タルシア男爵。ティーナの父親である彼は、沈痛な面持ちで病室のベッドの上に半身を起こしていた。
意識不明になっていたものの、奇跡的に意識が戻ったらしい。やつれた頬は骸骨みたいに痩けていて、乱れた髪の毛が額に貼り付いていた。
「はじめまして、タルシア男爵」
挨拶をした私たちを、落ちくぼんだ目が見上げる。こけた頬が痛々しい。……返事はないが、ルードは構わず話を続ける。
「単刀直入に聞きます。ティーナ嬢の死因は何ですか」
タルシア男爵は答えない。
「……ここに来る前、貴方がたについて調べさせてもらいました」
そういって指を鳴らすと、どこからか数枚の羊皮紙が宙に現れ、ルードの手の中に収まった。
「彼女が初めて怪我人を治療したのは、領地での火災のとき。貴方の所有する工場で大規模な爆発事故が起こったそうですね。
運び込まれる大火傷を負った工員たちを前に、彼女は祈った。そして、妖精はそれに応え、怪我人は全員助かった。
この事故については、原因ははっきりしています。工員の一人が誤って小麦粉に火気を近づけたことによる、粉塵爆発だったと。
まぁ管理体制に問題はあったのかもしれませんが……。あくまでも不幸な事故だ」
タルシア男爵は、答えない。
「その後、彼女は妖精魔法の研究への助力を請われ、帝都を訪れた。……しかし成果は芳しくなかったようですね。無理もない。妖精は気まぐれで享楽的な種族だ。
彼女自身も、堅苦しい研究への助力より、夜会や間げきなど、華やかな場に出ていることのほうが多かったと聞きます」
研究はうまくいってなかったのか。
写し絵で見た美少女が、夜会でくるくると舞い踊る姿を幻視する。
あれほどの美少女なのだ。きっと周りが放っておかなかったんだろう。……それこそ、本来の目的がおろそかになるほど。
「……その一方、彼女は怪我人の治療は積極的に行っています。
帝都に訪れて半年で、三十件ほどの事件、事故による怪我人を治療している。
……しかし、これらの事件には謎が多い。通り魔は犯人が見つかっていないし、事故も故意に仕組まれたような痕跡があるものが多い。
……何より、この半年の事件件数は異常な量で、それが彼女の急逝の後はぴたりと止んでいる。
……なので、全てのケースについてこちらで再調査をさせていただきました」
ルードは手に持っていた紙の束をタルシア男爵のベッドに放り投げた。バサバサと羊皮紙がシーツの上に散らばる。
そこには細かい文字でびっしりと事件の調査報告が記載されている。
「……不自然なんですよ。全ての事件が、
息を呑む。それってまさか。
……ティーナは、自分の功績を上げるためにわざと怪我人を作り出したっていうの?
「……これを見逃したのは騎士団の大いなる怠慢としか言いようがありません。怪我人は全て治療済ということで、調査の手が緩んだ、というのはあるかもしれませんが……。
いずれにせよ、我々はティーナ嬢が帝都に来てからの功績については見解を改めねばならない、と。思っています」
タルシア男爵が頭を抱え、呻き声をあげる。
……そこにあるのは、誇り高い貴族にはとても見えない、哀れな中年男性の姿だった。
「……娘は……ティーナは……私の、私たちの宝だった……。あの子に微笑まれると、なんでも叶えてやりたい気持ちになるんだ。……それこそ、人の道に反したことであっても……」
「……もしかして、それもティーナ嬢の持って生まれた
今となってはもう、わかりませんが。
この件については、後ほど騎士団の聴取で話してください。俺達にとっては、どうでも良いことなので」
ルードの声は恐ろしく冷たかった。
「本題は、
……彼女は思惑通り聖女に認定された。しかし、……これは想像ですが、こき使われた妖精達は、次第に彼女の言うことを聞かなくなってきていたのでは?」
タルシア男爵は再び沈黙した。ルードは構わず続ける。
「貴方がたは焦った。妖精の力がなければ聖女の座もクソもない。一度味わった華やかな暮らしを諦めることはできなかった。だから、思いついたんでしょう」
ルードは一度言葉を切ると、項垂れる男爵に向かって吐き捨てた。
「妖精がいなくとも、癒しの力さえあればいいと」
……どういう、ことだろう。そんな都合の良いことが、できると言うんだろうか。
「これを見てください」
そう言って、ルードは懐からガラスの小瓶を取り出した。その中には屋敷の大広間に落ちていた虹色の粉末が煌めいていた。綺麗なのに、なぜか忌まわしい、謎の粉。
「屋敷の広間の床や、天井。あちこちに、大量にこびりついていました。これは……妖精の羽の、鱗粉です」
その正体を知って、私は思わず息を呑んだ。
「妖精の癒しの力は、彼らの魔力を、涙に込めて放出することで発動します。癒しの力は涙の量に比例する。……これは実は涙でなくても良い。唾液や……血液でも。要は、体の一部が魔力をもった薬になる、ということなんです」
ルードが何を言っているのか、わからない。
いや、わかりたくなかった。私たちが見た鱗粉の量は、広間を覆い尽くさんばかりにたくさんあって、それは数百……もしかしたら、それ以上。それほどの数の妖精が、あの場所で。
ルードは男爵を睨みつけながら低い声で続ける。冷静を装っていたけれど、その声音には抑えきれない怒りと軽蔑が滲み出ている。
「あんた達、一体どれほどの妖精を
「違う!!!」
タルシア男爵が叫ぶ。
「私じゃない。私たちの考えじゃないんだ、それは、女、あの女が!」
「女?」
「ティーナの友人だとかいう女だ。名前は……そうだ、たしか、『レイディ』。
……妖精が言うことを聞かないのなら、宴会でもてなしてやれば良い、そうすれば機嫌を直してまた働くようになるだろうと、そう言って、ティーナに妖精達を集めさせたんだ。
まさか、あ、あんな恐ろしいことを……私たちだって騙されたんだ。被害者なんだ!」
タルシア男爵は泡を食ってまくしたてる。ルードは冷えきった瞳でその様子を見下ろしながら、ポツリと呟いた。
「ティーナ嬢は、妖精の呪いに殺されたんですね。彼らの呪いが形になった紐で、首を吊らされて」
屋敷で見たティーナの姿を思い出す。
首にかかった赤黒い紐のようなもの。臓器を思い出させるそれは、妖精達の恨みの結晶だったのだろうか。
「亡くなった騎士のハイン氏は、以前貴方の家に私兵としてお勤めだったと調べがついています」
バラバラにされた青年。彼も妖精の恨みを買っていたのだろうか。妖精の虐殺に、手を貸したんだろうか。
……もしかしたら、その場にいただけで許されなかったんだろうか
「貴方もです。屋敷に足を踏み入れたとたん、殺されかけた。庭までしか入ろうとしなかったから命は助かったが……。次は、確実に取られます」
ルードは手に持った小瓶をベッドの上に放り投げる。タルシア男爵は甲高い悲鳴を上げながら、壁際に後ずさった。
「どれだけ言い訳しようと、……妖精達は決してお前らを許さない」
……静まり返った部屋の中、タルシア男爵の絶叫だけが響き渡った。
*****
「ティーナは……。娘は、どうなるんだろうか」
駆けつけた騎士に連行される直前。両手を綱で繋がれたタルシア男爵は、項垂れたままルードに尋ねた。
「……正しく魂の行くべきところには、行かせてもらえないでしょう。
妖精達の呪いを一身に受けて、彼らの気が晴れるまで謝り続ける。あの屋敷の、あの部屋で。
…………ああ、でももしかしたら」
そこまで言うとルードは形の良い唇を歪ませ、冷笑する。
「貴方が身代わりになれば、あるいは早く解放してもらえるかもしれませんね。
……まぁ、確率は非常に低いですが」
タルシア男爵はなにか言いたそうに唇を戦慄かせたが、それは音にならず悔しげなため息となって霧散した。
両脇の騎士に支えられて去っていく背中は、とても小さく見えた。
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