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ギュンターさんの話を聞き終えた私達は、時計の針の音が全て聞き取れるほどの沈黙の中にいた。
……酷い、話だ。
彼は、正しいことを伝えなかったことを謝罪していたけど、無理もない。
身近な、友人とも言える人が目の前で惨殺されるのは、どれほどのショックだっただろう。……騎士とはいえ、冷静でいられるわけがない。
重苦しい空気の中、初めて口を開いたのは、ルードだった。
「亡くなったハイン氏はこの詰め所に来る前、何をされてたかご存知ですか?」
「……さぁ、詳しくは知りません……。正規の騎士団ではなく、どこかで私兵として勤めていたと聞きました」
「そうですか……」
答えを聞くと、ルードは何やら考え込むように黙り込むのであった。
*****
宿舎を辞そうとしたとき、若い女性に声をかけられた。
マリと名乗った彼女は、騎士宿舎の食堂で下働きをしているらしい。私達がギュンターさんに話を聞きに来たことを耳にして、仕事を中抜けして来たそうだ。
「私、妖精姫様に命を救っていただいたんです」
そう語る彼女は、ティーナ嬢が帝都で治療した怪我人の一人なのだそうだ。
「あの日、食堂のお仕事が終わって自宅に帰ろうとしていました。
その日は食材の発注でトラブルがあって、いつもより終わるのが二時間くらい遅かったんです。完全に夜も更けた頃でした。
送ろうかって、騎士の方に言われたんですけど。家は近いし騎士団の宿舎近くで滅多なことはないだろう、って。一人で帰ることにしたんです」
そこでマリさんは口ごもる。当時の恐怖を思い出しているのか、その肩がか細く震えていた。
「……門を出て、少しのところでした。いきなり後ろから口を塞がれて……。腕を刺されたんです」
「腕を?」
「はい。この……右腕の、このあたりです」
そう言いながら右肘の少し上を指し示す。
「腕を刺したあと、犯人はすぐに逃げました。
そのとき突き飛ばされて、転んでしまって……。
血がたくさん出て、痛くて、立ち上がれないでいるところに、妖精姫様が来てくださったんです」
妖精姫の名前を出したとたん、うっとりとした表情になるマリさんを制して、ルードが聞き返した。
「待ってください。犯人は、腕を刺しただけで逃げたんですか?何か盗まれたりは?」
「はい。刺してすぐ走っていきました。盗まれたものも何も……。
後から捜査してくださった方によると、刺すことが目的の犯行じゃないかって」
「なんてこと……!酷い……!」
……通り魔、ということか。怖かっただろうな。そういう嗜好を持った人間は一定数いるというけれど、卑劣の極みである。
声を上げる私の背を、宥めるようにルードが軽く叩いた。我に返って口をつぐむ。
……今、憤っても仕方ない。
それに、運良くマリさんは無事だったのだ。刺されたのが腕で、本当に良かった。
「妖精姫様がひざまずいて妖精に祈ると、美しい妖精が一羽、私の右腕に近寄ってきて、そこに涙を落としました。そうすると、あっという間に傷が塞がって……。痛みも消えたんです」
マリさんは右腕の袖をまくりあげる。刺されたというそこには、傷ひとつなかった
「ティーナ様は、とてもお優しい方でした。私の血でお洋服が汚れるのにも構わず、『汚れてもいい服だから大丈夫よ』なんて言ってくださって……」
マリさんは微笑みながら右腕をさすった。どうやらティーナ嬢に心酔しているようだ。
「……恩人なんです。ティーナ様が。……だから、亡くなったと聞いたはとてもショックでした。それに加えて、今回の騒ぎ……呪い、だなんて」
彼女の耳にも噂は届いているようだ。辛そうに顔を歪めて、みるまに目に涙があふれる。
「お願いします。呪いの真相を解明してください……ティーナ様の魂を、安らかにしてあげてください」
*****
頭を下げ下げ私達を見送ってくれるマリさんと別れ、騎士宿舎を後にした。
……辛かっただろうな。命の恩人が、こんなことになって。
彼女の気持ちに答えるためにも、真相を解明しよう。決意を新たにする私の横で、ルードは何やら難しい顔をしている。
「妙な話だったな」
「え、何がですか?」
驚いて聞き返すと、すごく微妙な顔で微笑まれた。
「……君は、そのままでいてくれ」
あれ?今、もしかして馬鹿にされた?
「何にせよ、ティーナ嬢が関与したという事件については、ユルゲンスに改めて調べさせる必要がありそうだ」
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