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 ユルゲンスさんからの依頼を受けた翌日、私はルードと二人で馬車に揺られながら、帝都に向かっていた。

  なんで私も同行することになったのかというと……話は、ユルゲンスさんが帰った後に遡る。


 ユルゲンスさんからの依頼を受けて、掲示用の依頼票を作ろうとした私を制し、ルードが説明してくれたところによると、なんでもユルゲンスさんが持ち込む案件というのは特別で、ギルドマスターであるルードが自ら対応することになっている。……らしい。


 だから数日間留守にする、と告げられたところで、はたと気づいた。

 

「でも……ルード、今……『見えない』んですよね?」

 

「………」

 

 ルードは黙り込む。私の指摘が図星である、と。綺麗な顔に書いてある。

 私がギルドにやって来た初日。どういうわけだか私に移ってしまったルードの『視力』は、あい変わらず戻っていないらしかった。曰く、ぼんやりとは見えるし、音は聞こえる。とのことなのだけど……。

 

「いやいやいや、危険でしょう!?ただでさえ難しい依頼なんじゃないですか?それを万全じゃない状態で受けるなんて……!」


 ルードの仕事にとても大切であろう能力を、何故だか私が奪ってしまっているのだ。責任を感じないほうが嘘である。

 そのせいで万が一のことがあったなら……考えただけでゾッとする。

 

「……私も一緒に行きます!!」

 

「駄目だ!危険だ!!」

 

 だからそう宣言すると、案の定速攻で拒否された。しかし理由を聞いてみるとか「危険だから」の一点張りで、私の力がいらないのかというとそうでもなさそうだったので粘りに粘った。

 そこからしばらく押し問答したものの、最終的に様子を見に来たバルドルさんが私に味方したため、ルードが折れることになったのだった。


 そんなわけで、現在。二人で馬車に揺られているのである。


 ギルドハウスのあるデルセンベルクから、帝都までは馬車で数時間の距離である。

 流れていく田園風景を眺めながら、ふと気になっていたことをルードに聞いてみた。 


「ルードは、妖精って見たことあるんですか?」

 

「ああ……何度かね」

 

「へぇ、素敵ですね。どんな感じなんです?妖精って」


私からの質問に、ルードは少し思い出すように視線を上げ、説明を始めた。

  

「見た目は……よく絵で見るようなものと同じだよ。小さな人間の姿をしていて、背中に蝶の羽根が生えてる。内包する魔力が高いから、そのエネルギーが放出されて光って見える。

 霊なんかと違って実体はあるから、触れたりすることもできる。

 ……花の咲いた場所や緑の多いところにはよくいるから、今度案内するよ」

 

「わぁ、ありがとうございます!仲良くなれるかなぁ」

 

「俺は嫌われたけどね」


 お、おう。突然の自虐に言葉を失っていると、ルードは苦笑したように続ける。


「あれは、自分勝手で享楽的な種族なんだ。美しいものが好きで、歌って遊んでばかりいる。

 だから、彼らが好む人間も見た目が綺麗で遊び好きであることが多い。深いことは考えず、刹那的にその場の楽しみを追い求めるような」


 なかなかの言いようである。この人は、妖精に何か恨みでもあるのかな。


「やつらが頼んだくらいで人間の治療なんかするはずがない。……だが、ごく稀に妖精達が好む見た目、魔力を持つ者が生まれることがある。それがきっとティーナ嬢だったんだろう」


 そう言ってルードは黙り込んでしまった。その瞳は馬車の外の風景を眺め、何やら考えを巡らせている様子である。

 しばらくして、馬車は首都、デルシュタインへと到着した。

 

*****


 首都に着いてはじめの予定は、亡くなった騎士の同僚で、事件の晩に屋敷に踏み込んだうちの一人との面会だ。


 旧タルシア家からほど近くにあるという騎士宿舎で、上司に連れられてやってきたのは虚ろな瞳で暗い顔をした若者だった。

 事件のショックが癒えないのだろう。髪は乱れ、髭は伸び放題。先程までの寝ていたのか、夜着を着たままのようだ。

 件の事件に居合わせた騎士は、すでに二人が職を辞して故郷へ帰ったらしい。目の前の彼も、危ういように思えた。

 かれは沈痛な面持ちでギュンターと名乗ると、たどたどしい口調で語りだした。


「死んだあいつ、ハインとは……騎士学校の同期でした。良いやつでした。俺たち、個人的に仲も良くて……。よく、バカしたり、飲みに行ったりしてて……」


そこまで話してから、ギュンターさんは辛そうに言葉を詰まらせる。


「……本当は、あの夜のことはもう、思い出したくないんです……」

 

「お気持ちお察しします。しかし、これ以上の被害者を出さないためにも、何があったかを直接お伺いしたい」


ルードは真っすぐにギュンターさんを見つめる。これ以上の被害者、という言葉に鳶色の瞳が揺れた。


「……わかりました。お話します」


*****


 あの日、詰め所にいたのは、俺と、死んだあいつと、同僚二人の合計四人でした。

 あいつは最近この詰め所で勤め始めたばかりだったんで、他の三人でここの仕事のことを色々教えてたんです。

 皆、年齢も近いし、気安い雰囲気でした。


 そんなとき、あの兄さんが駆け込んできました。廃墟で女が助けを求めてる、なんて言って。

 でも、急いで駆けつけたのに、その屋敷は静かなもんでした。

 俺たち、真に受けて損したなんて言いながら笑ってたんです。きっと酒にでも酔ってたんだろうって。

 思えば、あのときからあいつだけは真面目な顔で屋敷の方を見てたっけな……。何か、感じるものがあったんでしょうか。


 念の為、一通り中を見てみることになって、皆で屋敷の中に入りました。

 鍵は空いていました。……今思うと、おかしいですよね。売りに出されているお屋敷に、鍵がかかってないはずないのに。


 屋敷に入ると、あいつが先頭に立って、二階に上がっていきました。そうして、例の部屋……後であいつが死んだ部屋に、真っ直ぐ向かったんです。

 そして、部屋の扉を開けて「なんともない。大丈夫だ」って言いました。

 後で聞いたんですが、そこは通報者の兄さんが女を見た部屋で間違いなかったらしいです。


 ……でも俺たち、それが二階の部屋とは聞いてましたが、二階のどの部屋かまでは知らなかったんですよ。

大きな屋敷なんで、部屋数もけっこうあるのに。なんであいつ、その部屋に真っ直ぐ行けたのかな。


 ……とにかくあいつが「大丈夫」って言うから。なんとなく俺達も、そうか大丈夫なのかと思って。適当に見回って帰ることにしたんです。

 あいつは真剣でしたけど、俺たちは正直肝試し感覚でした。屋敷は薄気味悪かったけど綺麗なもんで、犯罪の気配なんて欠片もありませんでしたから。


 しばらくして、皆で玄関の外に集合しました。勿論そこにはあいつもいました。じゃあ帰るか、っていう時に……。


 ……その書類には、あいつ、忽然と消えた、って書かれてるんですよね。


 それ、違うんです。俺達みんな、あいつが消える瞬間を見ていました。嘘をついて申し訳ありません。


 あのとき……玄関前から、例の部屋の窓が、開いているのが見えたんです。さっきは確かに閉まってたのに。不思議に思って見上げていました。すると、そこから、すごい勢いで何かが伸びてきたんです。何本も、何本も……すごい勢いで。


 それはまっすぐ、あいつのところまで伸びてきて蛇みたいに絡みつき始めました。両手、両足……首、あらゆるところに絡みついているそれを見て、初めてそれが小さな……無数の手だって気づきました。


 物凄い力が、あいつの体を締め付けているのは、すぐわかりました。

 じきに、どこかの骨が折れる音がしました。

 あいつの、見開いた目を小さな指が突き破って、悲鳴を上げた口の中にも手が入り込もうとしてました。


 ……俺たちは、動けませんでした。剣を抜くこともできませんでした。そうして無数の手は、あいつを引きずり上げて、窓からあの部屋に引っ張り込んだんです。


 ……あとは。そこに書かれているとおりです。


 すいません、あいつが消えたときのこと、黙ってて。……でも、本当に思い出したく無かったんです……。


 ……連れ去られていくあいつの顔が……。


 恐怖に目を見開いて、俺のほうに手を伸ばして助けを求めるあの顔が……。


 今でも、夢に出てくるんです

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