はじめまして、親友

花 千世子

はじめまして、親友

 親友は、今日もお見舞いに来てくれた。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら親友を見る。

 ふんわりと笑うかわいらしい女性――藤堂あかり、というらしい――は私の十年来の親友だそうだ。

 どうしてそんなに他人事なのかと言えば……。


「まだ記憶、戻らない?」


 藤堂さんの言葉に、私は頷いた。


「そっか……しょうがないよ。助かっただけでも良かったじゃないの」


 藤堂さんはそう言うと、水道で花瓶を洗い始めた。


 一週間前、私は一人暮らしのアパートの階段から足を滑らせて転落。

 足を骨折して入院しているものの、頭のケガは大したことはなかった。

 しかし、記憶喪失になった。

 事故前のことがすべて思い出せないのだ。


「瞳のご両親、今日の夕方頃くるって」


 藤堂さんがそう言って、きれいな花を見せてくれた。


「そっか……。まあ、両親が来ても誰だか分からないからなあ」

「ゆっくり思い出せばいいよ。ちょうど個室なんだから家だと思ってさ」


 藤堂さんがふんわりと笑うから、さらに私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 入院した日に家族、その次の日に私の上司と名乗る人が来たが、それきりみんな顔を見せない。

 その点、藤堂さんは毎日、花束片手にお見舞いに来てくれる。

 やはり持つべきものは親友だ。

 だけど、その親友との思い出を覚えていない。


「あのさ、藤堂さんと私って、いつからの付き合いなの?」

「やだなぁ。あかりでいいよ。瞳との付き合いは高校一年生の夏休み明けだったかな」

「確か私は、現在二十六歳らしいですから十年来の付き合いですか」

「そう。瞳とは席替えで近くになって、それで話すようになったの」


 あかりさんがどこか遠い目をしながら言った。

 その時、ふっと思い出す。


 くじ運が、悪かった。

 そうだ、私、昔からくじ運が悪かった。


 そんなことだけを急に思い出した。


「そうそう。それでね、瞳は将来は漫画家になりたいって言ってて、絵もうまくて」

「あかりは、夢とかあるの?」

「私は断然、お金持ちかなー。だから婚活でもお金持ち狙いだし~」


 冗談っぽく言って、あかりさんは笑った。

 彼女ならモテるだろうな、美人で気さくで、華がある。

 婚活をしているというなら、あかりさん近いうちに結婚するだろう。

 それまでに記憶を取り戻したいな……。


 私がため息をついたせいで、空気が重くなってしまった。

 リモコンでテレビをつけるとニュースがやっている。

 ニュースキャスターの声が病室に響く。


『――さんは、知人に階段から突き落とされ、意識不明の重体で』


 途端にテレビのチャンネルをあかりに変えられた。


「ほら、このドラマさ、瞳、好きだったんだよ」


 テレビは、どう考えても記憶喪失前の私も興味のなさそうな時代劇。

 時代劇に映った大量の小判を見て、思い出す。


 そういえば、大金。

 当たったんだ、宝くじ一億円。


 今までくじ運がなくて、はずれくじばかり引いててヤケクソになって買った宝くじ。

 一等が当選したんだ。


 家族に話す前に親友のあかりにだけは話した。


 そうしたら帰り際に、「ごめんね」って言われて、背中を押された。

 あかりに、背中を。

 それで階段から転落。

 事故じゃない。

 そう思ってあかりを見ると、冷たい目をこちらに向けていた。


 ナースコールが見当たらない。


 了

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はじめまして、親友 花 千世子 @hanachoco

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