第56話 空飛ぶ馬車?

 馬車はやがて王都の外に通じる門に到着した。


 窓の外にはチェックを受ける人達が並ぶ中、私達が乗った馬車は止まることなく進んで行く。


 どうやら貴族専用の門があるらしく、馬車はそちらで一旦停止した。


 御者が門番とやり取りをしている声が聞こえてくるが、それもすぐに終わり再び馬車が動き出す。


 門の両脇に立っている騎士が頭を下げている中、馬車は悠然と進んでいく。


 馬車はしばらくゆっくりと進んていたが、やがて徐々にスピードを上げていった。


 これだけスピードが出ているのに馬車の揺れが少なくお尻も痛くならないっていうのは凄いわね。


 それだけ普通の馬車とは構造が違うようだ。


「もう、そろそろ良いですかね」


 ロナルドが先程ケンブル先生から受け取った魔石を一つ取り出した。


 5センチくらいの大きさでサファイアのように青い色をしている。


(あれが宝石ならば、一体いくら位するのかしら?) 


 ちょっと下世話な事を考えてしまうのは、前世が庶民だったせいだろう。


 ロナルドはその魔石を手のひらに乗せると、手をかざして集中し始めた。


 魔石からゆらりと魔力が浮き上がる。


 ロナルドがかざしていた手を振ると魔力が馬車の前方へと流れていった。


 途端に馬車のスピードが尋常でない速さになる。


「うわっ! 何だ、この速さは?」


 身体が馬車に押し付けられるような圧力を受けてアラスター王太子が声を上げる。


 車で言えば時速100キロは出ているようなスピードだ。


「風の魔石ですからね。馬の足に風の速さをまとわせてみました」


 ロナルドは得意そうに胸を張っているけれど、ケンブル先生が用意してくれた物であって、ロナルドが持ってきた物じゃないわよね。


 確かに早いけれど、他の馬車や旅人がいた場合はどうするのかしら?


 これだけ早いと避けるのが間に合わない場合もありそうだし、ぶつかったらただじゃ済まないわよね。


 そう思ってハラハラしていると不意に馬車が宙に浮いた。


「まさか? 空を飛んでる?」


 アラスター王太子に言われて外を見ると確かに馬車は空を飛んでいるように見えた。


「障害物を避けただけですよ。流石にずっと飛びっぱなしには出来ません」


 障害物を避けただけって、ハードル走じゃないんだから。


 だけど、ケンブル先生はどうやら転生者みたいだから、そのうち自動車とか飛行機とか作ってしまうかもしれないわ。


 でも、そうなると馬の需要が減ってしまって困る人が出て来るかもしれないわ。


 けれど今はそんな事を考えている場合ではないわね。


「ロナルド、そろそろ昼食にしないか? この近くの街に寄ってくれ」 


「かしこまりました」 


 ロナルドが取り出した魔石に手をかざすと、前方から魔力が魔石へと吸い込まれていった。


 馬車が徐々にスピードを落としていく。


 そのまま走り続けていると、何処かの街の門が見えてきた。


 貴族用の門を抜けて街の中へと入っていく。

 

 馬車は迷う事なく高級レストランへと向かって行った。


 私にはここが何と言う街なのかすらわかっていないけれど、御者はこの街の地図が頭に入っているみたいだ。


 入ったレストランで部屋を貸し切り、5人で食事をする。


 御者の人も一緒に食事をするのかと思ったが、彼は馬の世話もあるため別行動だった。


 御者がゆっくり休めるようにと少し長めに食事の時間を取った。


 私達も食事を終えてゆったりとしていると、レストランの人が「準備が出来ました」と呼びに来た。


 馬車に向かうと馬達も十分休めたらしく元気いっぱいだった。


 街中をゆっくりと通り抜けると、また風の魔石を使ってスピードを上げていった。


 モーリーに着くまでこの繰り返しが続くんだろうけれど、それまで風の魔石が持つのかしら?


 そんな疑問を抱きつつも私は馬車に揺られていた。

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