第55話 出発シンコー
流石にすぐに出発する、という訳にもいかないので、今日は準備を整えて明日の出発となった。
とはいえ、私が準備する事など何も無い。
エイダが準備を整えている間、私はオリヴァーが寝ている横でケンブル先生の作業を見学していた。
オリヴァーは猫になったままで、ずっと眠っている。
エイダが私に付いてくる以上、オリヴァーは一人でケンブル先生の所で過ごすことになる。
人間のままのオリヴァーがこの研究室にいて、他の誰かに見られないように、昼間は猫のままでいる事になったのだ。
「お留守番は寂しいけれど、ロナルドが一緒に行くのなら仕方がないよね。キャサリン嬢、早く帰ってきてくださいね」
猫の姿のまま、丸い目を私に向けてくるオリヴァーが可愛すぎるわ。
この王都からモーリーまでどのくらいかかるのかわからないけれど、アラスター王太子にお願いして早く帰れるようにしてもらうわ。
翌朝、出発の準備を終えた私達は、馬車乗り場へと集まっていた。
二頭立ての馬車に御者が待機している。
馬車には紋章も何も入っておらず、何処にでもあるような佇まいだったが、扉が開かれて中を覗くと、その豪華さに目が点になった。
座面は滑らかな肌触りで、座り心地もバツグンだった。
(これなら長時間座っていてもお尻が痛くならなそうだわ)
私の隣にエイダが座り、向かい側にはアラスター王太子を中にウォーレンとロナルドが脇を固めた。
少し広めの椅子ではあっても流石に男三人が座ると窮屈そうだ。
私達が座ったのを確認して、御者が扉を閉めようとした時、向こうから「待って~」と声が聞こえてきた。
(この声はケンブル先生だわ。何かあったのかしら?)
御者が扉をしてようとした手を止めて待っていると、ケンブル先生が走ってきた。
扉の前でゼイゼイと荒く息をしている。
「はぁ、はぁ…。…運動不足だわ…」
そりゃあ、一日中机にかじりついて魔道具を作っているんだから、運動不足なのも当然だわ。
「ヘレナ、大丈夫かい?」
扉の側にいるロナルドが心配そうにケンブル先生の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、これを持ってきたの」
ケンブル先生が差し出したのは数個の魔石だった。
「風の魔石よ。これを使って馬の足を速めたら、モーリーまで通常の半分の日程で着くはずよ。これを使って早く帰ってきてね」
ケンブル先生の言葉にロナルドは感激打ち震えている。
『亭主元気で留守がいい』とか言っていたけれど、やはりロナルドがいないとケンブル先生も寂しいんだわ。
ロナルドが馬車から降りようと腰を上げると、アラスター王太子がくいっと顎をしゃくった。
それを合図に御者がバタンと扉を閉める。
「あ、ちょっと!」
ロナルドの抗議を無視して御者はさっさと御者台へと移動する。
ロナルドはガラス窓に手を当てて、ケンブル先生を恨めしげに見ている。
それに反してケンブル先生はニコニコ顔で手を振っているんだけれど、やっぱりロナルドが出かけるのが嬉しいのかしら?
ケンブル先生が馬車から離れると同時に馬車はゆっくりと動き出した。
地図で確認したけれど、モーリーはエヴァンズ王国とは反対の国境近くに位置している。
モーリーに向かう事でますますエヴァンズ王国から遠ざかってしまうのね。
王都の街中を馬車はゆっくりと進んで行く。
多くの人や馬車が行き交うこの場所では、流石にスピードは出せない。
久しぶりの外出で街の景色が物珍しく外を眺めていると、アラスター王太子が私に微笑みかける。
「呪いが解けたら二人で出かけよう。キャサリン嬢を連れて行きたい所がたくさんあるんだ」
「はい、楽しみにしていますね」
その間、他の三人は空気のような存在になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます