第35話 追跡

 国王陛下が息を引き取ってからしばらくは誰もその場を動かなかった。


 時折、オリヴァーのしゃくり上げる声が聞こえるだけで、誰も言葉を発しない。


 オリヴァーの泣き声が小さくなってきたのを見計らったように、宰相が口を開いた。


「オリヴァー様、陛下をこのままにしてはおけません。安置室へお連れしますので、オリヴァー様も一旦自室へお戻りください。エイダ、側に付いてやってくれ」


 宰相の言葉で私はこの場にエイダがいたのを初めて知った。


 エイダは使用人達の中からスッと姿を現すと、オリヴァーを促してこの部屋を出ていく。


「王妃様もお部屋にお戻りください。まだ、本調子ではないでしょう。アラスター様、お手数ですが、王妃様をお部屋に連れて行ってくださいませんか? 私はここで葬儀についての指揮を取ります」


 ブリジットを部屋に送るのにアラスター王太子を指名するなんて、宰相は何を考えているのかしら?


 当然、アラスター王太子も反発すると思っていたのだが、アラスター王太子はまるで違う言葉を口にする。


「そうしよう。ブリジット様、お部屋まで送ります」


「ありがとう、アラスター様。お願いしますわ」


 国王陛下が亡くなったせいか、ブリジットもやけに殊勝な言葉を口にしている。


 ヨロヨロと歩き出すブリジットを支えるようにアラスター王太子が手を貸している。


 ブリジットはその腕に豊満な胸を押し付けるようにして寄りかかると、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。


 私はそんなアラスター王太子の様子が気になって、二人の後を付ける事にした。


 後に残った宰相が、使用人達にあれこれ指図をしている声を聞きながら、私は二人の後をついていく。


 他に護衛も付けずに二人だけで歩いている二人を不思議に思いつつも、そっと後を歩いていく。


 廊下はしんと静まり返ったまま、誰の気配も感じられない。


 二人はゆっくりと歩きながら廊下を歩いていたが、やがて一つの扉の前で立ち止まった。


 随分と歩き回ったような感じだけれど、実際はそこまで遠くはないようだ。


「カチャリ」と扉が開いて二人が中に入って行く。


 扉が、閉まる寸前に何とか中に滑り込む事が出来た。


 二人に見つかる事もなく部屋に入れた私は、家具の陰に隠れながら進んて行った。


 相変わらずブリジットはアラスター王太子の腕に身体を押し付けるようにしている。


 二人はそのままベッドへと近付いて行き、アラスター王太子はブリジットをベッドへと腰掛けさせた。


 ブリジットはベッドに腰を下ろしながら、そのままアラスター王太子の腕を離さずに引っ張った。


 アラスター王太子は引っ張られた拍子にベッドへと腰を下ろしたため、二人並んでベッドに座った状態になる。


「アラスター様、陛下が亡くなられて私はこれからどうしたらいいのかわかりませんわ」 


 ブリジットがそう言いながらアラスター王太子の胸へとすがりつく。


「ブリジット様、これからの事はおいおい考えていきましょう。今はゆっくりお休みください」


 アラスター王太子はブリジットの身体をやんわりと引き剥がそうとするが、ブリジットはなおもアラスター王太子の身体に自分の身体を押し付ける。


「アラスター様、そんな事をおっしゃらずに私を助けてくださいませ。私にはもうアラスター様しかいないんです」


 ブリジットはそう言うなりアラスター王太子の首に自分の腕を巻きつけると、その唇に自分の唇を重ねた。


 思わぬ展開に私は自分が見ているものが信じられなかった。


 アラスター王太子はすぐにブリジットの唇から身をよじって逃れた。


「な、何を…」


 アラスター王太子の抗議は再びブリジットの唇によって封じられた。


 ブリジットはそのままアラスター王太子の身体をベッドへと押し倒す。


 長いキスの後、ようやくブリジットが唇を離して、少し身体を起こした。


「いかが? 私のキスの味は? もう何も考えられないでしょう? 大人しく私のものになりなさい」


 そう言って再びアラスター王太子に覆いかぶさる。


 まさか、これってアラスター王太子の貞操の危機ってこと?


 このままだとアラスター王太子がブリジットに襲われちゃうわ。


 何とかしなくちゃ!

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