第36話 猫パンチ

 そこで私は以前オリヴァーに聞いた事を思い出した。


『お母様は猫が嫌いだから…』


 この姿でブリジットの前に出れば十分驚かせる事が出来そうだわ。


 私はそっと足音を忍ばせて近付くと、ベッドへと飛び乗った。


 ブリジットは私がベッドに飛び乗ったのにも気付かずに、アラスター王太子にキスをしながら服のボタンを外しにかかっている。


 普通ならば男のアラスター王太子が抗えばブリジットを払いのけられそうなのに、何故かアラスター王太子はブリジットのなすがままだった。


(変ね? どうしてアラスター王太子は抵抗しないのかしら? ブリジットのキスには何か特別な力でもあるのかしら?)


 考えてみたが、今はそれどころではない事に思い至った。


(まずはアラスター王太子を救う事が先だわ)


 私は徐々に二人に近付くと、ブリジットめがけて襲いかかった。


「シャーッ!」


 上手く猫の威嚇する声が出せるか心配だったけれど、問題なかったわね。


 私は威嚇しながらブリジットの手の甲を引っ掻いた。


「痛いっ!」


 ブリジットが引っ掻かれた手の甲を押さえて起き上がる。


「キャッ! 猫? どうしてここに猫がいるの!」


 ブリジットは目を見開いて猫の私を見つめていたが、やがてハッとしたように両手で鼻と口を覆った。


「やだ! 私は猫アレルギーなのよ! そんな近くに来られたら…」


 言い終わるより先にブリジットは「クシュン」とクシャミをした。


 ブリジットが身体を起こした事で、アラスター王太子はブリジットの身体から這い出した。


 ブリジットはアラスター王太子の身体に手を伸ばそうとしたが、再び「クシュン」とクシャミをする。


「ちょっと待って… クシュン! あと少しで… クシュン!」


 私がアラスター王太子とブリジットの間に割り込んだ事で、ブリジットは更にクシャミを繰り返した。


 目も赤くなって、涙が出ているようだ。


(猫アレルギーって言っていたけれど、かなり症状は酷いみたいね)


 手の甲はと見ると私が引っ掻いた傷から血が滲んでいる。


(ちょっとやりすぎたかしら? でもこれくらいは良いわよね)


 するとヒョイとアラスター王太子に抱き上げられた。


「ありがとう。おかげで助かりました」


 少しホッとしたような表情のアラスター王太子が私の顔を覗き込む。


 ちょっと顔が近い気がするけれど、猫の私を抱いていればブリジットが手を出して来る事はないわね。


 ブリジットは相変わらずクシャミを繰り返している。


 このままブリジットを放置してこの部屋から逃げ出した方がいいかしら?


 そうアラスター王太子に告げようとしたところへ、数人の足音が近付いてくた。


 ノックもなしに扉が開かれると、そこには騎士が立っていた。


(もしかして牢獄に私が居ない事がバレたのかしら?)


 私を捕まえに来たのかと身構えたけれど、そもそも猫の姿の私がキャサリンだとは知らないはずだ。


 騎士達は部屋に入るなり、クシャミを繰り返しているブリジットを取り囲んだ。


「ブリジット様。国王陛下の殺害容疑で逮捕いたします」


 クシャミを繰り返しているブリジットが驚いたように顔を上げる。


「陛下の殺害容疑? クシュン! そんなの、クシュン! さっきあの女を、クシュン! 逮捕したじゃない、クシュン!」


 クシャミをしながらブリジットが抗議するが、騎士達は構わずにブリジットの両手を後ろ手に拘束した。


 両手を離されたブリジットの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


(うわぁ、あんな顔を人前に晒すなんて、私ならば耐えられないわ)


 少々ブリジットに同情してしまうが、やはり私を陥れようとしたのはブリジットだったようだ。


「離して! クシュン! クシュン!」


 騎士達はブリジットを引っ立てると部屋から出て行った。


 残されたアラスター王太子。私はただポカンと見送るだけだった。

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