第34話 脱出

 牢獄の中ほどに置かれている豪華なベッドの中央に枕とクッションを並べると、その上から布団をかぶせた。


 形を整えて、さも私が布団を引っ被って寝ているように装う。


 中に入って布団をめくられない限り、バレる事はないだろう。


 こうして準備を終えた私は、クシャミをして猫に姿を変えた。


(まさか、呪われた事が役に立つなんて思わなかったわ)


 私は鉄格子の隙間から牢獄の外に出ると廊下を歩いて階段へと向かった。


 私が入っていた牢獄の奥にも別の牢獄があるみたいだけれど、誰も入っている者は居ないらしく、しんと静まり返っている。


 私しか入っている者がいないからなのか、国王夫妻殺害の混乱で人員を割けないのかはわからないが、見張りがいなくて助かった。


 出来れば黒猫の方が良かったんだけれど、真っ白は目立ちすぎて隠密には向かないわね。


 誰にも見咎められずに一階に上がった私は、キョロキョロと辺りを窺った。


 夜のせいか廊下を歩いている者は誰もいない。


 不案内な王宮の中を人の気配を頼りに歩き回っていると、向こうの部屋に人が集まっているようなざわめきが聞こえた。


 そちらに向かい、扉の隙間からそっと身を滑り込ませる。


「父上、しっかりして下さい!」


「父上、また一緒に剣の稽古をしようってお約束したじゃないですか。父上!」


 アラスター王太子とオリヴァーが国王陛下に呼びかけているのが聞こえる。


 国王が瀕死の状態だと言うのは間違いないようだ。


「陛下、すぐに良くなりますわ。だからしっかりなさってください」


 ブリジットの声も聞こえる。


 ブリジットも倒れたとか言っていたような気がするけれど、回復したのかしら?


 そっと様子を窺うと、国王陛下が横たわるベッドの脇に、アラスター王太子とオリヴァーとブリジットが見えた。


 そのブリジットの後ろに宰相が立っているのが見えるが、その手がブリジットの身体に触れているのが気になった。


 あまり体調の良くないブリジットを支えていると言われれば、そのようにも見えるけれど、それにしても距離が近いように感じる。


 国王夫妻殺害の容疑をかけられているから誰も彼も怪しく見えるのかもしれないわ。


「ううっ…」


 苦しそうな国王陛下の声が聞こえてくるけれど、誰にもどうする事も出来ないようだ。


 少しの怪我ならば魔法で治す事も出来るが、毒の場合は解毒剤を飲むしかない。


 それでも毒の成分によっては効かない場合もあるようだ。


 医師の姿も見えるが、難しそうな顔をしているのを見ると、あまりかんばしくはないのだろう。


 国王陛下の容体を診ていたが、やがてゆるゆると首を横に振った。


「父上!」


「父上! ウウッ!」


「陛下!」


 アラスター王太子達が呼びかける声が聞こえて、オリヴァーの泣き声が聞こえてきた。


 どうやら国王陛下が亡くなってしまったようだ。


 部屋の中が悲しみに包まれて、重苦しい空気が漂う。


 ほんの少ししかお会いしていないけれど、亡くなられた陛下に対して黙祷を捧げる。


 それにしても、騎士達は『国王陛下と王妃殿下殺害の容疑』だと言って私を拘束したはずだ。


 それならば、ブリジットも陛下と同じような状態のはずなのに、ここにいると言う事は、ブリジットは重症ではなかったと言う事だろうか?


 まさか、ブリジットが国王陛下に毒を盛った?


 そして怪しまれないように。自分も少量の毒を飲んだと言う事なのだろうか?


 だけど、それを決定づけるだけの証拠もないしね。


『私を見た』というメイドの証言がある以上、私の疑いは晴れないでしょうね。


 私はこれからどうするべきか見極めるために、再びアラスター王太子達の様子を窺った。

 

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