第14話 女の敵は女

 馬車に乗り込んでしばらく走ると、やがて王宮の玄関アプローチに到着した。


 外から扉が開けられ、ウォーレンとエイダが先に降りて、扉の脇に立つ。


 アラスター王太子が降り立つと私に向かって手を差し出してきた。


「さあ、どうぞ。キャサリン嬢」


 アラスター王太子に手を借りて馬車を降りると、そこにはズラリと並んだ使用人達が頭を下げて待っていた。


「お帰りなさいませ、アラスター様。そして、ようこそいらっしゃいました、キャサリン様」


 使用人達の中央に立っていた中年の男性が私達を出迎えた。


「ああ、ただいま、チェスター。客間の用意は出来ているね?」


「勿論でございます。パメラ、キャサリン様のご案内を頼みますよ」


 チェスターと呼ばれた男性は自分の隣に立っているメイドに指示をしている。


 いつの間に連絡を入れたのかは知らないが、既に私の部屋が用意されているのにはびっくりした。


「僕も一緒に行くよ。キャサリン嬢の部屋は僕の部屋の近くに準備してくれたんだろう?」


「しかし、アラスター様は陛下にご挨拶に行かれるのではないのですか?」


「父上はどうせ仕事中だろう? 後でキャサリン嬢と一緒に伺うよ」 


「かしこまりました」 


 パメラが先導されて私はアラスター王太子と共に王宮の中を歩き出した。


 派手な飾りつけもなく、落ち着いた雰囲気の廊下を歩いていると、向こうから数人の人物が歩いてくるのが見えた。


 中央に着飾った女性が数人のメイドと護衛騎士を従えて歩いている。


「…面倒な奴に会ったな…」


 ポツリとアラスター王太子が呟いたが、良く聞き取れなかった。


 彼女は避ける事もなく堂々と廊下の真ん中を歩いてくる。


 アラスター王太子も彼女に張り合うように、脇へ避ける事もしないので、当然鉢合わせとなる。


「あら、アラスター。エヴァンズ王国からお戻りになったのね」


 歳は二十代後半か三十過ぎか分からないが、妖艶な印象を与える美女だ。


 胸の大きく開いたドレスを身に着けているが、その胸はまるで叶○妹の胸のようで今にもこぼれそうだ。


「ブリジット様、ただいま戻りました」


 少し硬い声で挨拶をするアラスター王太子に思わず横を向いて顔を見てしまった。


 その顔にはまるで貼り付けたような笑顔が浮かんでいる。


 ブリジットと呼ばれた女性は私に目もくれずに、アラスター王太子の腕を取って豊満な胸を押し付けている。


「アラスターが居なくて寂しかったわ。今夜は一緒に食事が出来るんでしょう?」


 そう言いながらアラスター王太子の頬に指を這わせる。


 まるでキャバ嬢か娼婦のような仕草にどことなくムカムカしてくる。


「今日は疲れているのでご遠慮いたします」


 アラスター王太子はブリジットから腕を抜くと、私を急き立てるように歩き出した。


「…アラスター様?…」 


 声をかけたが、アラスター王太子はそれに構わずにドンドンと足を早めていく


 歩きながら視線を感じて振り返ると、私を睨んでいるブリジットと目があった。


 その目にただならぬ雰囲気を感じて私はゾクリと身を震わせる。


 ブリジットは「フンッ」とばかりに踵を返して歩き出した。


 私に話しかけてこなかったり、私の事をアラスター王太子に尋ねなかったのはやはりわざとだったようだ。


「あの、アラスター様。少し歩調を緩めてもらえませんか?」


 アラスター王太子の歩みが速くなり、私は小走りに近くなって思わず声をあげた。


「あっ、済まない。まさかあの女に会うとは思わなかったから…」


 あの女って、ブリジットの事よね。


 彼女は一体何者なのかしら?


「あの、今の方は?」


 アラスター王太子は足を止めると少し苦い顔を見せる。


「彼女はこの国の王妃だ」


 あの人が王妃?


 だけどアラスター王太子の母親ではないって事よね。


「僕の母上は僕を産んでから体調を崩してね。僕が五歳の時に亡くなったんだ。父上はしばらく王妃の座を空席にしていたんだが、十年前にとうとう公爵家にゴリ押しをされてあの女を娶った。あの女は王妃という立場をいい事に好き勝手やっているよ。父上もあの女に懐柔されたようで何も言わない」


 そこまで言い切るとアラスター王太子はハアッと深いため息を吐く。


「僕が十五~六歳になったあたりから、何かと僕に擦り寄ってくるんだ、今のようにね。父上にやめさせろと言っても取り合ってくれない。キャサリン嬢に手を出して来ないとは思うが、十分気を付けてくれ」


 心配そうに私の顔を覗き込むアラスター王太子に、私はコクリと頷いた。


 乳母のエイダがいつまでもアラスター王太子に仕えているのは既に主がいないからなのね。


 それにしても義息子にまで手を出してくるなんて…。


 私はこの王宮で無事にやっていけるのかしら?

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