4:家族のようで、家族ではない存在

「人が多いですね。ラトリアさん、人酔いとかは」

「平気」

「では、そのまま進んで行きましょう。そういえば、お昼時でしたね。先に昼ご飯にしましょうか」

「それもそうだな…あ」

「どうされ…あ」


街行く人々に何度も追い越される人

ふらふらと覚束ない足取りで前に進もうとするが、気力がないようで壁にもたれかかってそのまま動かなくなる

…そしてそのまま壁に寄り添ったまま寝てしまう

こんなことをしてくる知り合いが一人いるが、まさかと思いつつ近づくと…案の定


「すぴっ…」

「ソフィア君」

「やっぱりソフィアか…ほら、往来で寝るな。起きろ」


ラトリアさんから容赦のない目覚まし往復ビンタを受ける彼はソフィア君

本や望遠鏡を入れた鞄。衣服は宮廷学者の制服。どうやら仕事帰りのようだ


「んー…スティ?家に送ってくれ。眠い」

「私だって仕事中なんだけどな、ソフィー。ほら、ちゃんと立って」

「…すぴぃ」

「ごめんなさい、ラトリアさん。先にソフィア君を」


ソフィア君が往来で寝るのは今日に始まったことではない

彼が外で寝ていると連絡を受けて、家に連れ帰る生活にも慣れてしまった

彼の身体を支えつつ、ラトリアさんに断りを入れてから家に運ぼうとすると、ラトリアさんはのそりと中腰になり、背中を見せてくる


「私が運ぶから。ソフィアをここに」

「でも」

「いいから」

「では、お言葉に甘えて」


ソフィア君の身体をラトリアさんに預けると、彼は自分でポジションを調整した後・・・ひょいっとソフィア君をおんぶする


「全く、こいつは手がかかる…」

「すぴぴ…」

「すみません。何から何まで」

「いい。こういうことは、男手に任せるべきだと思うのだが」


「ソフィア君の面倒を押しつけるのは」

「後で恩を倍で請求するからいい。君は成人男性を支えて歩けるほどの腕力や体力があるわけではないのだから、無理はするべきじゃない。持ちつ持たれつ。頼れるところは頼ってくれ」

「お気遣いありがとうございます。しかし、こういうことはラトリアさんには」

「…それとも、ソフィアが君の特別だから、何もかも担いたいと?」

「特別というのは」

「…愛称呼び、していたから」


「ああ。私とソフィーは元々同じ孤児院の出身なんですよ。王都に来てからそれぞれ里親に引き取られましたが、幼少期は共に過ごしていましたので」

「では」

「ユピテル様とラトリアさんと同じですね」

「家族ではないが、家族のような存在か。知らなかったな、二人がそんな間柄だったというのは」

「まあ、話すような事でもありませんから」


それから私達は道を引き返し、ソフィア君が住んでいる家に向かい…彼を自室へ寝かせた後、再び市街地を歩き出す


「そういえば、ソフィア君もラトリアさん同様報告書未提出なんですよね」

「同様…」

「ついでにアステル君もなのですが…ラトリアさんは二人とよく話されていますよね。何か心当たりはありませんか?」

「ソフィアはただの寝不足だと思う。あいつ、四六時中観測を行っていると聞くからな」

「…自業自得ですね。今度お説教をしておきます。アステル君は?」


「噂程度だから断言はできないが、アステルは最近文官長親子に求婚されているらしい」

「うげぇ…あのコネ親子にですか」

「君の反応を見るに文官内でも評価はかなり酷いみたいだな。まあ、実際にアステルの被害もかなりのものだそうで、最近はよく腹部を押さえている姿を見る」

「それは困りものですね…」

「そうなんだ。私の一件が片付いたら、ユピテル経由で手伝いを申し出てくれやしないか。元教育係としては、見ていられなくて」

「それは勿論です。ラトリアさんの一件が落ち着いたら必ず」

「ありがとう」


教育係として

確か、四年前の新米学者なアステル君と一緒にいたのはそういう間柄だから

…四年前?

報告書を提出しなくなったのも、四年前

四年前という符号が何か引っかかる


「あの、ラトリアさん」

「何だろうか」

「四年前、ラトリアさんにとって何か印象深い出来事がありましたか?」

「え?何もないと思うが…」

「ほう」

「何か引っかかることでも?」

「いえ。何でも」


何もない、か

報告書を出さなくなった理由は四年前にある

しかし、四年前…彼にとって印象深い出来事はない

隠している可能性は極めて低いだろう

唐突に投げかけた質問に対し、問いの偽装をする間はなかったのだから

報告書の提出をしない計画は四年前以降に

そして四年前、予め決めていた何かを起点とし、彼は報告書の提出をやめた

そう考えた方が自然だな


「そういえば、お昼ご飯!何にしましょうか!ラトリアさんは食べられないものとかありますか?」

「好き嫌いはない。君がよければ、あの店で食べようか」

「是非!」


ラトリアさんが示した先には洒落た喫茶店

入ってみたかったが、一人で入るのは気が引けて入ったこともないお店だ

…あれ?

なんで私、この店に一人で入る事に気が引けていたんだっけ


・・


ラトリアさんに連れられ、店に入って数分

私はなぜこの店に一人で入れなかったのか思い出してしまった


「はい、あーん!」

「あーん!」


食べさせあいをする男女。一つのドリンクに刺さった枝分かれしたストローで同時に飲料を飲む男女

奇跡的に空いていた席に腰掛ける私達以外、全員がカップルらしい

直視するのが憚れるような真似を平気で行っているその姿は、私には刺激が強すぎる

メニューで視界を覆いつつ、食べるものをさっさと決めて外に出よう

ここは長居無用だ!


「…ここはデートスポットで有名な店だったことを失念していました」

「あのストロー、どうなっているんだろうな。注文してみ」

「頼むのは構いませんが…一人で飲まれてくださいね?」

「…私は珈琲にしよう。君はどうする?」


流石にあの量を一人で飲むのは嫌なようだ

それもそうだ。二人でシェアする前提なのだから一人で飲む量ではない


「私は紅茶で。それから…」

「「食事はフレンチトーストにしよう」」


メニューを覗き込み、沢山ある食事メニューから同じものを選んだ

フレンチトースト、好きなのかな

店員さんに注文を終えた後にでも聞いてみようか


「あの、ラトリアさん。フレンチトーストがお好きなのですか?」

「ああ。昔よく食べていて」

「私も好きなんです。朝ご飯によく作ったりするんですよ。ここに来たかったのも、フレンチトーストが美味しいお店だと同期から聞いていたので」

「そうなのか。楽しみだな…あの、一ついいか?」

「なんでしょう」

「注文を終えたのだから、メニューを降ろしていいと思うのだが」

「…気が引けます」

「どうして?」

「周囲は、その。ひゃっ!口移し…!」


流石に顔を隠したまま話し続けるのは申し訳なく感じたので、メニューを降ろし…ラトリアさんへ向かい合おうとしたのだが、視界の端でとんでもないことは始まってしまう


「こんな人目のある場所であんな事ができるとは、あのカップルは凄まじいな」

「…うぅ」

「ちなみにだが、こういうのは当たり前で?」

「…では、ありません。この国は恋愛ごとが盛んではありますが!お二人はその中でも開放的な方なのでしょう!私はその…見るのに慣れていませんので!このままでお願いします!」

「しかし、そのままでは食事が摂れないぞ?」

「ラトリアさんだけでもお楽しみくださいっ!」

「そういうわけにもいかないだろう。席を替わろうか?」

「…いいのですか?」

「少なくとも、私の斜めにいる存在が見えなければ、君はメニューを降ろすことができるだろうから」

「それでは…」


失礼します、と席を立った瞬間、足をもつれさせてしまう


「…きゅう」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です…それよりも」


そのまま床に転んでしまうかと思いきや、ラトリアさんが颯爽と受け止めてくれていたらしい

しかしその、なんだ

事故であるとはいえ、こうして自ら仕事相手の男性相手に触れるのははしたない事ではないだろうか…!


「あ、あの…ええっと、その」

「とりあえず、座ろうか」

「…ひゃい」


動揺しきった私を先程まで自らが腰掛けていた席に座らせた後、彼は床に膝をつき…私のブーツの紐をほどき始めた


「ブーツ、脱がすから」

「な、何をされて…!」

「足を捻っていたようだったから。患部を見たくて。素人判断だが、腫れがあるかどうかだけでもな」

「…すみません」

「謝る必要はない。ん…腫れがもう出ているな。少し待っていてくれ」


ラトリアさんは私の右足を確認した後、すっと立ち上がり…周囲を見渡す


「お客様、ご注文のお品を…あら、いかがなされましたか?」

「店員さん。彼女、立ち上がった時に足を捻ってしまって…患部を冷やす為の氷を用意して頂けませんか?グラスに入れていただければ、後は私の方で袋を用意しますので」

「勿論です。先に食事だけテーブルに置かせていただきますね」

「ありがとうございます」

「…ありがとうございます」


店員さんは事情を把握した後、すぐに裏手に行ってグラスの中に氷を入れて持ってきてくれる

それを受け取った後、ラトリアさんは手持ちの革袋に氷を詰めてから、自分のネクタイを包帯代わりにして革袋と私の足を固定してくれた


「これでよし」

「色々、ありがとうございます。その声も。かなり張り上げてくださっていますよね。きつくはありませんか?」

「大丈夫だ。ところで、食事はできそうか」

「ええ。大丈夫です」

「じゃあ、食事をしてから病院に行こう。今日は流石にこれ以上歩かせるわけにはいかない」

「大丈夫です。図書館は諦めますが、病院ぐらい私一人で」

「怪我人が無茶をするな。ここは大人しく甘えておくべきだ」

「…わかり、ました」


今日が初対面というか、まともに関わるのが初めての人なのに、長年付き合いがあるお義兄さんのような振る舞いで私に接してきてくれる

そういう雰囲気と言動のおかげで、私があまり緊張しないで済んでいるのだろう

けれどそういう雰囲気と仕草が私に安心感を与えて、必要以上に気を抜かせてくる


「さあ、お楽しみのフレンチトーストを食べて気分を切り替えよう」

「そうですね。楽しみでしたから。早く食べてみたいです」

「私もだ」


食事前の挨拶を済ませた後、二人同時にフレンチトーストをそれぞれ一口

濃厚な牛乳に包まれた砂糖の甘みが、気落ちしていた私の心へ多幸感を与えてくれる

うん。噂になるのも納得なぐらいに美味しい!

けれど、なんだか物足りないな


「「…オレンジが欲しいな」」

「あ、ラトリアさんのお家もフレンチトーストにオレンジを使用されるんですか?私の家もなんですよ」

「そ、そんなところだ」

「オレンジ入りに慣れていると、普通のものが物足りなくて。少しだけ酸味が欲しくなっちゃって。勿論、こちらのフレンチトーストも凄く美味しいのですが!」

「本と識字率だけでなく、フレンチトーストの事でも熱心になるんだな、君は」

「大好きですもの。好きな事へ全力になるのは、自然なことだと私は思います」

「…そうだな。私も、そう思うよ」


それからしばらく

私達は食事を終え、氷を持ってきてくれた店員さんに改めてお礼を言いつつ…店を後にする


「あの、ラトリアさん。本当にこの格好で行くんですか?」

「ああ」

「…腕、疲れませんか?」

「軽すぎるから平気。ちゃんと食べているか?」

「…心配、ご無用です」


先程のソフィア君同様、私もおんぶして貰うのかと思いきや…まさかの横抱き

宮廷の廊下を歩いていた時より集める視線は微笑ましいものだが…


「…恥ずかしい」


足にくる痛みや氷の冷たさなんて忘れるぐらいに、頭に熱が上ってしまう

病院に着く頃には、私は目を回していたそうな

そこから先のことは、よく覚えていない

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