第七話

制服から指定体操着へと着替えた5人はグラウンドに到着した

先もってグラウンドで待っていた美紅も亮達と同じ訓練校で指定されている体操着へと着替えている。


「よし。トイレ休憩も済ませたな?水分補給の準備は?……ならば始めよう。今回は覚醒のやり方と同時に『アーツ』について、そのまま授業を行うぞ」


赤い長髪を頭の上で団子2つにした美紅は腕を組みながらそう言った。

やはりこう見てくれだけは何度みても小さな美少女であるが、間違っても子ども扱いしてはいけない、我らが先生であり先輩能力者なのだから。


亮の隣を常にキープする様にいる美愛は眠たげに欠伸をしながら頭を掻いている。

態度だけで見ればやる気ないなと突っ込まれかねないが美紅がそこに関しては何かしら制裁を加える様子もないので見逃されているのかどうなのか。


「すぐに寝てしまうのは仕方ないにゃ。猫ってそういうものだし」


「猫の特徴があるだけで猫そのものではないだろがよ」


「にゃはは。けど美紅ちゃん先生容認してくれたよ?」


「え、そうなの?」


思わず聞き返す亮を見て何がおかしいのかまた笑う美愛だったが美紅からの視線が突き刺さってくる事を感じてか亮と美愛は互いに黙らざるおえなかった。


「猫としての特性を鑑みて多少の事は大目に見ているが無駄口は許してないぞ?ましてイチャつく事に関してはなぁ……貴様らだけでも外周20周いっとくか?ん?」


「スミマセン」


「反省します、にゃ」


裕と洋のぐぬぬと言わんばかりの歯を食いしばった表情と、目を輝かせてやり取りを見守る礼香の視線から亮と美愛は顔を逸らしながらも、授業は始まる。


ああ分かっている。ここからは真面目な時間だ。








「では、吾輩が教えた通りに覚醒を行い、その後は各々が思うままに動き回ってみろ。自由時間だ。好きにするといい」


第4能力者訓練校のグラウンドの中心で美紅が言い、それと同時に亮達5人がそれぞれ利き腕に着けたパーソナルリングに触れる。


エーテル器官の覚醒。その方法は極めて単純だ。

もう一方の手でパーソナルリングに触れながら一言念じるだけでいい。


『目覚めろ』


その一言でパーソナルリングは右手首から神経を通して心臓部のエーテル器官へと覚醒を促す。

作り出された血液が心臓から全身に回るように、エーテル器官もまた、その役目を果たす為に己が身体にエーテルを放出し循環させる。

エーテルをより効率よく回す為に再構成された身体は、その身をより頑強により強いモノへと変えるのだ。


そうして、能力者としてスペックを発揮する為の再構成は完了する。


その身体は既に常人ではない。

その瞬間、能力者は能力者足り得る力を手にするのだ。


「…これが、エーテル」


高坂 亮はこれまで味わった事のない程の高揚感を感じていた。

目に見えるものではない。しかし己の四肢に、己の胴体に、己の脳に。

エーテルがタトゥーの様に全身に刻み続けられているのが分かる。

体中にエーテルが流れ回り続けている事を感じ取れる。


「これだけの力が、能力者に…」


「万能感とでも言うべきか。初めてソレを感じた者は誰もが思うのだ。今の俺なら、私なら、僕なら、何者にも負けない……とな?」


亮の顔を覗き込む様に美紅の顔が彼へと近づいた。


「高坂。お前が一番表情に出ているぞ?力への渇望か、それに準じた激情か…まあ、細かい所までは知らんが」


「……そんなに、分かりやすいですか?俺」


「ああ。これでも相手を探るのは得意だ。吾輩の今生は貴様らよりも短いものであるがね?人との関わりも経験も、貴様ら以上であると自負している」


美紅は他の生徒達を見ている。

亮もそれにつられるように他へと視線を向けた。


裕と洋は外周を二人並んで走っている。

それも凄まじい速度だ。走っているグラウンドが能力者の使用を想定していなかったら一体何十周しているのかも分からない程に。


礼香は何故かグラウンドの中心に置かれていた大岩を持ち上げていた。

整備された場所に何故に大岩?となったが、どうやら美紅がどこからか用意したものらしい。


華奢な外見に似合わず片手に持ち上げてキャッキャと騒ぐ彼女だが、岩の上を良く見れば美愛が絶妙なバランス感覚で昼寝をしている。

いや、自由時間っつても眠るのかよと内心で突っ込む亮だが、ある意味ではあの器用さも能力者故のものなのかもしれない。完全に力の無駄遣いではあるが。


「能力者となって、純粋に喜べる事なんて今この時期くらいだ。きっと、皆は後悔する。苦悩する」


あらゆる事を知っているからこそ、きっと美紅はそう断言出来るのだろう。

能力者となること、それは戦士となる事だ。

戦い傷付き、最悪の場合はその命を落としてしまう。


だがそれでも鍛え、送り出さなければならない。

その力が必要とされているから、一人でも多くの戦士が、能力者が必要であるから。


要塞都市を守る為に、誰かがやらねばならないのだ。


「伝えねばならない。己の力の重みを、吾輩達の敵がどのような存在であるか」


気が進まんがね、と美紅はぼやく。


これまでの厳格な彼女の言葉とは思えない程に弱気なものだった。

きっと乗り気ではないのだ。それを無理矢理、自身を奮い立たせてでも役目を果たそうとしているのだろう。


「俺には、何故それを漏らすんです?俺も先生の生徒ですよ?」


「貴様は既に覚悟完了してるからだよ。戦いも知らないただの学生だった筈の君がな。だから吾輩が今更変な事を言っても、貴様自身は何もブレないだろ?」


「………」


肯定も否定もなく、亮は黙る。

故にそうだよな、と美紅自身は大体察する事が出来る。


高坂 亮の様な人間がどのようにして出来上がってしまうのか、その経緯を。

教師という立場でここに赴任しているのだから、生徒となる者達の経歴は当然把握している。


彼に関しては断言できる。


今の世は、特に戦う者達の命は安い。

だからこそ、置いていかれる者達だって当然出てくる。

漠然としながらも目的を為す為に決意する者だって生まれてくるのだ。

それが怒りであり、憎しみでありと負の感情に支配されながら。


そんな中で高坂 亮という男は理性的だ。

憎悪や憤怒を孕み、しかしそれに吞まれない。

きっと彼の周囲の環境が良かったのだろう。

それと、猫山 美愛という少女の存在も、きっと大きい筈だ。


自身が無茶をすれば、無謀を起こせば悲しむ相手がいる。

それが自分の全てを後回しにしてでも優先出来る相手だからこそなのだ、きっと。


「愛に生きているなぁ、高坂は」


「変な事言わないでください」


「だが特定の相手がいるだろう?否定は出来ないじゃないか」


「……ただお互いに依存してるだけですよ、あいつとは」


美紅と亮は生徒達を眺める。

そしてその会話も自然と途切れてしまう。


亮が途中で断ち切ったとも言えるだろう。

美紅・ルーシェの言う事は彼にとって痛い所を突いたものばかりだった。


だから考えてしまう。

これ以上何かを話してしまえば、また自分の内側でくすぶる何かを曝け出されてしまうような、そんな気がしたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る