第六話

入学式を終え、各々が交友を深めてからの翌日。

指定された講習室には5人の少年少女がそれぞれの机に座り、教師の到着を待っていた。

一般的な学校の教室とそう変わらない内装の講習室であるが、元々5人分の席しか置かれていないのもあって無駄に広々とした空間となっている。


「待たせたな貴様ら。どうやら初日から寝坊するような腑抜け野郎はいないようで何よりだ」


扉が開かれ、膝下まで伸ばした赤髪と左目の眼帯が一際目立つ小さな少女が入ってきた。

事前に用意された踏み台に上り教卓へ立つ。


「今日より貴様らは能力者。吾輩の全てを叩きこむので、精々気張るのだな」


そう言い放つ美紅・ルーシェの姿は年下でありながらも、それを感じさせない程の凄みがあった。







「さて、ではこれより座学を始める……と、その前にだ」


美紅・ルーシェは懐から5つの腕輪を取り出す。

機械的だがシンプルなデザインであり、それは銀色の光沢を放っていた。


「先生、それは一体…?」


「うむ。これはな」


佐藤 洋からの質問に美紅は答える。


「複合機構パーソナルリング。能力者にとって必要不可欠とも言える装備である。まずはこれを各々に支給するので受け取り次第、利き腕に装着するのだ」


教卓から降りた美紅が一人一人にパーソナルリングと呼ばれる腕輪を渡していく。

配られたそれは腕輪にするにしても大き過ぎるサイズであった。


男性陣でさえ、ブカブカな程だ。

これを装着しろと言われてもどうすればいいのやら。


「一度腕に通してみるといい。それで分かる筈だ」


受け取った亮達は不思議に思いながらも美紅に言われた通り、それそれが利き腕に通すと―――。


「おぉ、これは」


「すげー!ピッタシのサイズになった!」


通した腕にフィットする大きさまで縮小し手首に装着されたのだ。

元々が嵩張るデザインでなかったのもあって、これなら衣服の着替え等でも支障をきたさないだろう。


「ちょっとお洒落かも。銀色で綺麗だし」


「だね。これ考えたデザイナーは中々分かってるにゃ」


女性陣にとっても好評なようで興味深げにパーソナルリングを眺めていた。


「パーソナルリングには様々な機能があるが詳しい説明は追々やっていく。基本的に取り外しは出来ないので紛失を心配する事もない」


「取り外し出来ないんですか?」


「うむ。吾輩も見ての通りだ」


そう言いながら美紅も右手首に着けられたパーソナルリングを見せる。


「これは能力者のパーソナルデータを常に収集すると共に装着者の位置情報の確認にも利用されているのだが……プライバシーが、などと言うんじゃないぞ?吾輩達が希少であり貴重であるが故だ。補填が難しい能力者であるという立場上、何か不測の事態があってもすぐに対応出来るようにする為の処置である。なのでその辺は割り切れるようにしておけ」


予め来るであろう質問に前もって答えるように美紅は説明した。

これで納得しろと言われたら確かに難しいかもしれないが、要塞都市によって管理下に置かれ軍属となるのだ。

無駄なやりとりで長引く前に先手を打つ形で、そのまま説明を続けた。


「それでは座学を始めよう。今日やるべきはまずは己を知る所から始めること」


教卓に戻った美紅が電子黒板に今回の座学内容を表示する。


「つまり『能力者とは何か』それを詳しく教えようではないか」







能力者とは何なのか。

まずは自分達がどんな存在に変わったのかを知る所から始まる。

知識として必要になる事が多々あるのだ。つい先日までただの一般人でしかなかった亮達にとってそれは可及速やかに行われるべきものであった。


「能力者を簡単に説明すると『生物として1つ上のステージに到達した存在』と言うべきだろうか」


美紅は電子黒板に人体図を表示させながら、何時の間にか手にしていた教鞭を手で遊ばせる。


「一番変化として分かり易いのは身体能力が向上することではあるが、後述する『アーツ』の影響で外見が変化する場合もある。今年はその最たる例として猫山がいるのだから貴様達も分かり易いだろう」


「にゃ?」


美紅の言葉に反応するように美愛が猫耳を立てて反応する。

確かに適正検査の影響で耳が猫耳となり尻尾も生え、瞳の形状も猫特有のものへと変化した。

思えばスキンシップが過激になったのも適正検査の後からだったな、と話を聞きながら何となく亮は考えていた。


外見が、と美紅は言ったがアーツとやらの内容次第ではその人の行動自体にも影響を与えかねないのかもしれない。


そんな話を聞く中で亮は質問の為に手を上げる事にした。


「先生、質問いいでしょうか」


「高坂か。いいぞ」


「身体能力が向上する、と言われた事に関してなんですが」


「ああ。言いたい事は分かるぞ。特に変わった気がしない……と言うのだろう?」


「……はい。そうですね」


高坂 亮が聞きたかった質問に美紅が頷く。

能力者という存在がどういう者かは知っている。

人並外れた身体能力で立ち回る姿をテレビの広報映像等で見る機会もあるからだ。


数メートルを超える跳躍を見せ、人並外れた頑強さで攻撃を耐え凌ぐなど、その姿は文字通り超人だ。


しかし能力者の適正があるとされた自分達にそんな力が秘められているという実感が持てていない。

何故なら今時点での身体能力は一般人と大差ないままだからだ。

自分達には何か足りない要素があるのだろうか?そう考えていたのである。


「能力者がその力を発揮する為にはある媒体を介する必要があるのだ」


「媒体?」


「うむ。今日着けてもらったそのパーソナルリングだ」


「これですか?」


「そうだ」


亮は右手のパーソナルリングを見る。

美紅は電子黒板に表示した人体図の心臓部に教鞭を指しながら話を続けた。


「能力者として適正とされる理由は一つ。心臓にエーテル器官としての機能が発現しているか否かだ」


「せんせー。質問ですー」


美愛が手を上げる。


「エーテル器官って何にゃ?」


「ふふ、聞かれると思っていたぞ」


これに関しては見せた方が早いな、と美紅はその質問に対して右手を前へと翳す事で応えた。そして―――。


「灯せ」


右手の掌に緑色に輝く光の塊が現れた。


「その光って…」


「わぁ……綺麗…」


全員が目を見開き、驚きながらも緑色の光の塊を注視している。


「―――これはエーテルと呼ばれる光だ。吾輩達能力者にとっては、力の源とされている。エーテル器官はその名の通り今の吾輩の様にエーテルを作り出す為に必要な器官という訳だ」


一通り見せた後に美紅はその掌に出していた光を消した。


「エーテル器官は基本的に休眠状態となっている為に、適正検査を行わなければそれが発現しているかどうかが分からない。更に言えば未だどういう原理か分からないが、去年までエーテル器官が確認できなかった者が今年になって急に発現したなんて事例もある。そんな事もあって、適性試験は毎年行われる事となったのだ」


「へぇ、だから毎年……そういうのって特に説明受けないよな」


「一応適性検査の時に渡される説明用紙には記載してあったよ?」


「え、マジ?てか洋そういうのしっかり読み込む派か」


「一応大事な検査って事なんだからちゃんと読んどきなよ」と洋が苦笑いを浮かべていたが、洋の言葉に同意するように頷いていたのは亮のみであった。

美愛は机に身体を寄り掛からせてボケーとしており興味なさげ、礼香も説明用紙は流し見で内容も特に憶えていなかったのでアタフタとしていた。


「別に把握してようがしてなかろうが気にする事はない」


それぞれの反応を見せる生徒達をフォローするように美紅がそのまま話した。


「適正ありと見出されるのは数百分の一。下手すれば数千分の一だ。毎年と言う事もあって義務だけで受けている者が大半である事は仕方のない事だ。基本的に何もなく終わるのだし…だからまあ、知らないからと責めはせんよ」


「とはいえ検査年齢の下限は13歳からに引き上げられただがな、流石に」と最後に言葉を付け加える彼女の声色は多少荒くなっていた。

実年齢11歳という彼女にとって地雷に片足突っ込んだ話題だったのかもしれないが、流石にそこに突っ込む空気の読めない輩はいなかったようだ。


少しの間を開けた後、声色を元通りにした美紅は電子黒板に表示された人体図の右手首に当たる部位に教鞭を指した。


「貴様達が着けたパーソナルリングにはエーテル器官の覚醒を促す機能が付いているが、適性検査の際に使用されている機械にも同じ機能が付いている。つまり、適正検査とは覚醒を促してそれに反応したかどうかで判断していた訳である」


全員を見渡しながら美紅は言葉を続ける。


「なので貴様達は一度、検査用の機械によってエーテル器官を活性化させられて体内でエーテルが形成されているのだ。心当たりあるのでないか?光っただろう?一瞬パアって」


「ああ、それは確かに」


「ありゃビックリしたなぁ。前に並んでた奴らの時は何もなかったのに俺の時だけ何か違ったんだしよ」


「私は光が収まった瞬間に猫耳とか尻尾とか生えててビックリしたにゃ」


5人全員が心当たりがある現象であった為に、美紅の言葉にそれぞれが声を上げる。

美紅はそんな彼等の反応をみながら教鞭を手元に戻し、電子黒板の表示を消した。


「さて、つまり貴様らに必要なのは覚醒とはどういう物かを正しく各々自身の感覚で掴む事である。引き出されるのではなく、自らの意思で引き出すのだ」


だから、と美紅は楽しそうに笑みを浮かべながら言った。


「という事で、いきなりだが実習だ。能力者としての自分達の身体能力を一度体験してもらおうじゃないか」


これからが本番だと、そう言わんばかりに。







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