第五話

窓から差し込む光にオレンジ色が混じる。

気が付けば夕日が空を照らしていて、ほのかにうす暗い。


ベッドの上で胸を上下させ静かな寝息を立てている美愛を傍らに、高坂 亮は目を覚ました。

どうやら何時の間にか眠ってしまっていたらしい。


「…ふぅ」


狭いベッドで密着していたせいか、結構な汗を掻いてしまっている。

それと起き上がろうとしたが美愛が体半分乗り掛かっていた為、普通には起きれそうになかった。


「こういう時、こいつが小柄なのは助かるよな」


眠っている美愛を抱えるようにしながら上半身を起こした。

今は自身の膝の上に乗せているような状態だった。


「……んにゃ?」


起こすまいと思いながらゆっくり上半身を起こしたつもりだったが、動いた拍子に目が覚めてしまったのだろう。

美愛がゆっくりと目を開き、そのまますぐ傍の亮へと顔を向けた。


「……おはよ?」


「今は夕方だな。おはよう美愛」


「まだ眠いー…」


「ご飯食べ損ねて嫌な思いするのはお前だぞ?ほら、さっさと目を覚ます」


「ねーむーいー…」


亮に身体を預けながら駄々をこねる美愛の目を覚まさせる。

引っ付いて離れない彼女を引き離すのは大変だが、亮も流石に部屋着に着替えず、ましてや汗を掻いたままなのは落ち着かなかった。


「……すんすん」


「おい嗅ぐな」


「いいじゃん。私は好きよ?亮の汗とか匂い」


「言い方が破廉恥なんだが」


引っ付く美愛を引き剥がしベッドから何とか起き上がった。

身体を解すように動かすが思ったより疲れは残っていなかったようだ。

むしろ美愛の匂いが未だ纏わりついている様な感覚に変に意識を割かれてしまう。


「ん?なあに亮?」


同じくベッドから出てきた美愛と視線が合う。


背伸びをする美愛も、やはり寝汗は掻いてしまったようで衣服の乱れもそうだが額や首筋を伝う汗が目立つ。


目の前の猫耳少女の肌色はまあ色んな意味で見慣れたつもりではあるが、衣服を着た上で見せる色っぽさというのも、頭をクラクラさせるもんだと内心で一人得心がいく亮である。


「にゃにゃ、そんなに見て……私に欲情してるのかにゃ?」


黙っている亮を見てよからぬ事を考えたのだろう。

悪い笑みを浮かべながら如何にもそれっぽいポーズを取ってみせる美愛。


挑発か、もしくは揶揄いのつもりか。

しかし、こういう時は素直になろうと考えているのが亮である。


「ああ。エロいな。そこはかとなく」


至極真面目な表情に、顎に手を添え品定めするが如く。

何に納得したのかウンウンと頷きながら。


「ぬぬ、亮はこういうので動じない奴だったにゃ。そういえば」


思った反応と違ったので逆に照れ臭くなってしまい、そそくさと着替えようと衣服を脱ぎ出す美愛。


「いや待て。俺の部屋だから着替えは置いてない筈だが」


「亮のシャツ借りるよー」


「何でだよ。自分の部屋に戻ればいいだろ」


「ちっちっち。分かってないにゃありょーは」


ワイシャツを半脱ぎの状態で得意げに指を振る美愛。

せめて前は隠せ。


「例えば亮のワイシャツを私が羽織るとする」


箪笥に直したばかりのワイシャツを一枚、乱暴に引っ張り出した。

おい、ちゃんと整理したんだぞと目で訴える亮はスルー。


自身の着ていたワイシャツを脱ぎ捨てると、明らかにサイズの大きい亮のワイシャツを勢いよく羽織った。

前は当然閉めていない状態で見せつける。


「どうよ!」


「いや、前閉じろよ」


「エロいにゃ!」


「それはエロいよ。けど閉じろよ前は」


それなりに豊かな胸元が主張する。

正直目の毒ではあるが、眼福だと同時に思った。

欲望に忠実な方が健全だと亮は常日頃に考えている。


「…いや、待て。冷静になれ。今はお前のあられもない姿に見惚れてる時じゃない」


「えー?」


「えー?じゃないよ。さっさと……ああ、もういいよそれで。ちゃんと前は閉じとけよ?今から食堂に行くんだから」


「にゃはは、おっけー!」


何を言っても無駄と言うか、下手すれば話が長引きそうだと思った亮は賽を投げた。

絶対他の奴らに突っ込まれるだろうが遅かれ早かれ知られるのだし、と半ば投げやりである。


美愛は嬉しそうにはしゃいでいる。

何だかそんな光景を見てると、まあこれで良かったのかもと思うかもしれないが、ただ単に亮が彼女に毒されているだけであった。







着替えた後に亮と美愛が食堂へ向かうと、他の3人はとっくに座っていた。

まだ注文はしていないのか、テーブルの上には水の入ったコップしか置かれていない。


「高坂ー!猫山さん!遅かったなぁ!」


茶髪のツンツン頭である藤原 裕が手を振っている。

中沢 礼香、佐藤 洋の2人も私服に着替えた上で3人で座っていた。

まだ注文はしていないのか、テーブルの上には水の入ったコップしか置かれていない。


「悪い。待たせた。…まさか、注文しないで待っていてくれたのか?」


「おうよ!明日から多分忙しいだろうし、今日は懇親会を兼ねて一緒にご飯をって思ってな!」


「ほらほら、此処に座れって」と空いた席に座るよう二人を促した。


「高坂君。すごく疲れてたんだね。藤原君と一緒に部屋に行ったんだけど、声掛けても出てくる様子なくてさ」


気に掛ける様に洋が亮へと話し掛けた。


「おう。俺達も少し早かったかなって思って先に行ってたんだけどよ」


解散して今に至るまで3時間以上は経っていたのだから当然だ。

彼等もきっと長期間の移動で疲れたんだな、と気遣ってくれたのだと思う。


「あー……確かに寝てた。結構快眠だった気がする」


美愛と二人で添い寝してました。なんて言える訳がない。

亮はどう答えるべきか言葉を濁しながら苦笑を浮かべる。


すると、目の前に座っている女性陣から声が上がった。


「ね、猫山しゃん……そのシャツ、どうみてもサイズ合ってないみたいだけど…?」


あわあわと震えた声で中沢 礼香が隣に座った美愛へと視線を向けていた。

上から下までしっかりと見て、何かを察した様な表情を浮かべる。


あ、と亮は思ったが時既に遅しである。


「うん。だってこれ亮のだし」


取り繕う事もなく美愛はあっけらかんとそう返した。

いや違う。どこか自慢するかのようにシャツを引っ張りながら。


「なにぃ!?」

「な、何ですと…!?」


驚きに男共が叫んだ。

いやそうなるよねと言わざる負えないかもしれないが。


「私が猫山さんの部屋を訪ねた時反応がなかったのは…つまり、そういう…!」


一方の礼香は好奇心が勝ると言わんばかりに握り拳を作った。


「………えっと、どうするか」


「初日から賑やかにゃ。ふふふ」


「確信犯の癖に良くもまあ惚けた事を言えるもんだよ…」


その後、亮と美愛の詳しい関係性を聞かれる事となり話す度に裕と洋はオーバーリアクションを見せ、礼香は話を聞く度にメモ帳を取り出して何かを書き記していた。

いや何をメモしてんのと思った亮だったが、この暴露話というか二人の惚気話で全員が打ち解ける事が出来たので結果的に良かったのかもしれない。


(いや良かったか?ただ晒し者になっただけでは?)


亮は自問自答する。

答えはそう。気にしたら負けである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る