第四話

説明会を終えた後、別の職員に案内されながら学生寮に向かった5人。

訓練校の同じ敷地内にあるので向かうのはそれほど時間も掛からなかった。


「わぁ、おっきい…」


「いや、おっき過ぎないかにゃこれ」


礼香と美愛が思わずそう呟いてしまうのも仕方がない。

塀に囲まれた旅館とも言える程に煌びやかな建物が目の前に佇んでいた。

予想もしていなかった装いの建物に皆も思わず黙ってしまっていた。


「僕、もう少し質素な建物だと思ってた」


「それな。訓練校の寮だからもっとこう……安っぽいイメージというか」


眼鏡の縁を触りながら落ち着かない様子の洋と、彼の言葉に続く裕。

少なくとも普通に暮らしていたらお目にかかれない程に、訓練校というある意味、似付かわしくない環境の中にポンと異物が置かれた様なそんな違和感さえも感じていた。


「『フジノ寮』では能力者の方々の為に心身のケアを怠る事のないように設備が整えられております」


5人を案内する男性の職員が説明を続ける。


「能力者という存在は貴重であり、それ故に過酷です。負担が大きい役割ばかりですから、サポートは充実させないといけませんからね」


職員の男性は苦笑いを浮かべながら言った。


「今年は5人いますから。大したものだと思います」


何てことのないように彼は言った。

今年以上に芳しくない結果の時がある事も知ってるが故の発言だった。


能力者は数千人に一人現れればいい。

それだけの確率、そしてそれは毎年変動する。

どういったタイミングで、適合率が上昇するか分からない。


故に毎年行われるのだ。

晩年人員不足かつ一人でも多くの能力者を確保する為に。


「俺達より先に能力者になった方々はいましたよね。その人達はいないんですか?」


ふと気になった疑問を亮は男性職員へと問い掛けた。

第七都市フヅキには確か元々能力者も何人か所属していた筈である。


別に今年度が初めてという訳ではないのだ。

所属していた先輩達とも挨拶がしたいと、そう考えた亮であったが


「ああ、それはですね。今フヅキにはいないんですよ」


「え、それってどういう」


男性職員はどういう事なのか教えてくれた。

能力者が担う任務の一つに外界への遠征任務がある。

内容は強力な中位ヴォイドの討伐やランダムゲートによって出現する遺跡の調査など、常に手が足りていない状態であるのだとか。


ランダムゲート?遺跡?と亮と一緒に説明を聞いていた美愛が首を傾げている。

聞いておいてなんだが、亮自身もやはり聞き慣れない言葉もあってすぐに理解する事は出来なかった。


「その辺りの必要知識も明日からの座学で学ぶ事になりますので大丈夫ですよ」と男性職員は言う。

今日の所は寮を回って、自分達がこれから暮らす場所がどんな所かを把握しておいた方がいい、とそのまま続けて亮達に伝えたのだった。







それから寮の案内も無事に終わり、各々が宛がわれた個室に自分達の荷物を運ぶ作業もすぐに終わった。

入寮手続きも終わった為、夕食の時間まで自由時間となった訳であるが。


高坂 亮の部屋にてベッドに寝転がる猫耳少女が一人。

猫山 美愛はまるで自分の部屋の如く気が抜けた表情でリラックスしていた。


「ベッドもふっかふか~」


「荷解きしたら速攻で来たなお前…」


椅子に座ったままジト目を少女へ向ける亮であったが、本人も別に拒むつもりはなかったので余り強くは言わなかった。


長年付き添った故に彼女がどんな性格か、どんな動きをするかなんて幾らか予測する事も容易い。

付き合いが長い故の賜物であるが、にしたって亮に対してここまで無防備でいられるのは信頼故か。そこに関しては悪い気がしないのだった。


「フジノ寮かぁ…結構色々あったねぇ」


「ああ。確かに娯楽施設だと言われても違和感がないくらいには遊具も多かった」


「ふふ、そだねー」


「ゲームセンターにー。ビリヤードにー。図書館っていうか漫画書庫みたいな本棚にー」と楽しそうに言う美愛に、妙な安心感を覚えた。


能力者になると決めたならこれまで通りにはいかない。

そう分かっていたつもりでも大きく変わる環境の前に不安はどうしても残るものだ。


しかし、美愛を見ていると分かる。

変わらない、いつも通りである事は簡単なようで簡単ではない。

彼女が彼女らしくいられる姿を見れた事が、亮は嬉しく感じていた。


「ねえ。亮?」


ふと、言葉を止めた美愛が亮の名前を呼んだ。

何だ?と返そうとした亮だったが、その前に美愛が両手を上げてこちらをジッと見つめる姿を見て「ああ、いつものか」と察した。


「今は私達だけだから、いいでしょ?」


ベッドの上で首を傾げながら美愛は言う。


ああ、相変わらず慣れない。

亮はこの度に、身体が熱くなるような感覚を覚えるのだ。

しかし、これを拒む事は出来ない。拒むつもりがそもそもない。


「……そうだな。分かったよ」


そう言って、亮はベッドへと上がった。

元々一人用のベッドなので二人で入るにはやはり窮屈だ。


しかし美愛はそれ幸いにとその身体を密着させる。

足を絡ませ、相手の腕に胸を寄せる。

互いの息遣いが聴こえる程に、その距離をこれでもかと近付けさせる。


「にゃふふ。あったかーい」


「暑いの間違いじゃないか?」


「えー。そんな事にゃいよー?こうしてる時が一番、私の全部がポカポカするんだぁ……とっても、安心する」


美愛は笑みを向ける。自身の今の感情を表す様に、尻尾も揺れている。

その声は、どこか眠たげなものになっていく。

フカフカのベッドの上で一番大切な相手の温もりを感じる事で、身体は安らぎを覚えていたのだ。


「夕食の時間まで寝るか?」


「…ん、それもいーけど。そんなにいい?…私の耳」


「ああ。フサフサしてて触り心地いいんだ。これが」


「何か恥ずかしいんだけど……もう」


亮は彼女の頭を撫でる。

続けて猫耳の根本を触れば、こそばゆそうに声も出すが嫌がる訳でもない。


「……ずっと一緒だから」


目を閉じたまま亮の胸に顔を預けた美愛が小さく言葉を漏らした。

独り言のような、返事を求めているような、曖昧な小さな声だった。


「分かってる」


「絶対に離れちゃダメだから」


「ああ。離れないさ」


「絶対に。絶対に一緒。死ぬまで一緒」


「何度でも、約束するさ」


何回も念を押すように、美愛は言い続ける。

亮は、それに淡々と答え続ける。


猫山 美愛は孤独を憎む。

両親と死別して、彼女の心には塞がらない穴が残り続ける。


その寂しさを埋める為に、愛情を求める。

その求める先に幼馴染である高坂 亮を見出したから、何があっても彼を絶対に離そうとは思わないだろう。


亮は彼女のその考えを否定しない。その束縛を受け入れる。

彼もまた両親はいない。彼女と同じく死別の後に天涯孤独となったのだから。


そんな時に美愛と出会い、互いを支えあって生きてきた。

互いの楽しいも、苦しいも、悲しいも全てを共有して生きてきた。

亮が能力者になると決めた時も彼女はついて来ると言った。


ずっと一緒にいる為に。

高坂 亮が、猫山 美愛が、独りぼっちにならない為に。


だからこそ、これまでの様にこれからも、亮は美愛を拒む事はない。

彼女の心を埋める役目が己だと言うのなら、喜んで受け入れよう。

それは彼自身が、何よりも望んでいる事であるのだから。

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