第10話

【アレク視点】


 僕は転生前から勝ち組だった。

 父は上場企業の社長で部下を使う立場だった。

 僕はお金に困った事が無い。


 幼いころから何でも出来た。

 何をやってもすぐに上達した。

 勉強もスポーツも出来てモテた。


 高校生になりその頃には僕は日本の仕組みを分かっていた。

 僕が上に行く事は分かっていた。

 この世界には2種類の人間がいる。

 使う側と使われる側だ。

 僕は人を使う側の人間だ。


 ゲーム、ファンタジーフロントをプレイしていると異世界に転生した。

 転生したのはゲーム主人公のアレクだ。

 そう、僕は前世でもこの世界でも勝ち組の人間だ。

 主人公の能力はチートだ。


 他のざまあされる側に転生した4人は不幸な人生を送るだろう。

 不幸にならなくても陰で目立たないように生きていくしかないモブの運命が待っている。


 特にノワールに転生した転生者は不幸だ。

 ストーリーで死ぬ戦士ゴルドは死んでいない、うまく立ち回れば死なないんだろう。

 そう言った意味で一番不幸なのはノワールだ。


 僕がお金を手に入れればお金を失い、僕が新しいパーティーを手に入れれば仲間が減っていく。

 傑作だったのは転生してすぐにノワールが兄に殴られた時だ。


 殴られて倒れて、ワインをかけられてそのビンで頭を殴られるあの姿を見て思った。


『ノワールは使われる側の人間だ』


 ノワールは最悪なあの家族から追放されて街での人間関係も最悪だ。


 更にノワールは戦闘能力も弱い、状態異常を使われたとしてもほぼ効かない。

 重い剣をただゆっくりと振る姿はまるで攻撃してくれと言わんばかりの隙だらけな攻撃モーションだ。

 ゲームをしていた時は思わず笑ってしまった。

 

 ノワールだけでなく誰も僕のメインクエについてくる事が出来ない。

 僕はライバルがいない状態でただ駆け抜けるだけでいい。

 訓練をしなくてもダンジョンに行ってモンスターを倒しているだけでどんどん強くなっていく。


 前世では体験できないような急速な能力アップには快感すら覚える。

 僕は特別な存在で訓練無しでも楽に強くなれる。


 ノワールもスレイアも最近まで鬼教官の訓練を受けていたらしい。

 モブ冒険者がその事を丁寧に教えてくれた。


 ゲームでアレクは1週間の訓練を受けていた。

 でも2人は3カ月も訓練が必要だったようだ。


 そもそも、ここはゲームとは違う。

 ダンジョンにある宝箱は早い者勝ちだ。

 メインクエも早い者勝ちで報酬やパーティーキャラ加入など恩恵が大きい。

 もっとも主人公である僕以外がメインクエをクリアできたとしてパーティーが思うように増えるとは思えない。


 だとしても訓練よりも最初に宝箱とメインクエを進めるのが効率がいいのにどうしてみんながそれに気づかないのか理解できない。

 ……能力が無くてダンジョンに来る事すら出来ないのなら宝箱もメインクエも進める事すら出来ないか。


 僕以外のみんなは使われる側の人間だ。


 不遇で能力も無い。


 頭も悪い。


 みんなが僕より出来ないのは仕方がない。

 何故なら僕だけが特別な存在だから。




 アレクは勘違いをしていた。

 アレクが前世で勉強も運動も出来たのは幼いころから両親が英才教育を施したためで才能のおかげではない。


 そしてアレクの前世で父は何度も頭を下げていた、部下の責任を被り、客先に何度も頭を下げ、ストレスを受ける仕事をこなしていたのだ。

 上場企業の社長は人格を厳しく見られ、少しでも何かあれば激しいバッシングを受ける。

 父はその事をよく分かっていたがアレクはその事を分かっていない。




 モモと2人で森のダンジョンを歩く。


「モモ、サーベルベアが1体出たよ」

「はい!」


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」


「はいだけじゃダメだ。はい、ご主人様だ」

「はい! ご主人様!」

「モモは僕の奴隷でご主人様は僕だよ」


「はい! ご主人様! あ、あの、早く戦わないと」

「そうだね、早く前に出て」

「はい!」


 僕は右腕にショートソード、左腕に円盾の魔装を出現させた。

 モモがサーベルベアに殴り掛かると爪を振り下ろされて吹き飛ばされた。

 モモの腕から血が出る。


 僕は遠くからサーベルベアにショートソードを投げる。

 トスン!

 サーベルベアの腕にショートソードが刺さるとショートソードを消してまた手元に発生させた。


 この攻撃は遠くから攻撃出来るメリットがある反面攻撃力が低い。

 何度もモモにモンスターを足止めさせる必要がある。

 僕はバックステップをしながら攻撃を続けた。


「モモ! 盾になって攻撃だ!」

「はい!」


 モモがまた前に出てサーベルベアの腹を攻撃するとまた爪の振り下ろしで吹き飛ばされた。

 まだ大人の体になっていないモモは大きく吹き飛ばされる。


 トスン! トスントスントスントスン!


 連続でショートソードを投げて攻撃するとサーベルベアが僕を睨みつける。


「モモ、また攻撃だ」

「はい!」


 モモがサーベルベアの横から攻撃をするとサーベルベアがモモの方を向いた。

 僕は連続でショートソードを投げてサーベルベアを倒した。


「モモ、もっと攻撃を避けられないかな? 腕からたくさん血が出てしまう」

「ごめんなさい」

「はあ、光の加護!」


 これは僕のチート能力だ。

 1度使うだけで全員に効果が発生する。

 更に魔装レベルの%分攻撃力・防御力・速度が強化されるだけじゃなく、HPとMPも微量ではあるが回復する。


「あ、ありがとうございます」

「MPを節約しながら戦うのはまだ難しいようだ。ちゃんと盾になってうまく避けてね。これ以上攻撃を受ければポーションを使う必要が出てくる、ポーションは高いんだ」


「ご、ごめんなさい」

「光の加護でちょっとずつHPは回復するからポーションは使わないよ」

「はい」

「先に進もう」


 2人で先に進んだ。


「「ブヒイイイイイイイイイイイ!」」

「ウリボー3体が出たよ! 前に出て!」

「はい、ご主人様!」


 モモが前に出て盾になる。


 その隙に1体のウリボーをショートソードの投げを連発して倒した。

 モモはウリボーの突撃で吹き飛ばされていた。


 1体のウリボーが突撃を開始して僕に迫る。


 ガキン!


 ウリボーの攻撃を円盾で防いだ。

 後ろに下がってショートソードを投げる。

 2体目を倒し、最後にモモが相手をしていたウリボーを倒した。


「モモ、僕に盾を使わせたね?」

「はい、ごめんなさい!」

「モモは前に出るのが役目なんだからしっかり盾にならないと」

「ごめんなさい」


 まあいい、モモは進化すれば強くなる。

 そして体も大人になり美しく変化する。

 モモが大人の体になったらベッドの上で可愛がってあげよう。

 モモは僕の事を好きなのだから。




 アレクは勘違いをしていた。

 アレクのスキルツリーはパーティーの誰よりも前に出て盾でモンスターの動きを止めて剣で斬りつけるプレイスタイルが基本だ。

 投剣はやる事が無くなった際に使う攻撃方法である。


 だがアレクは前に出ない、痛いのが嫌なのだ。

 そしてモモをストーリーで奴隷にした事で皆がいない所では本当に奴隷のように扱った。

 ゲームストーリーと違いモモの心はアレクから離れつつあった。

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