第4話

 午後の訓練では闇魔法を体にまとわせて指一本で逆立ちする。

 ゲームでは体力訓練と魔力訓練と魔装訓練がはっきりと分かれていたがこの世界では訓練の境界が曖昧らしい。

 午後からはストラクタさんが決めた訓練メニューをこなす。

 ゲームではボタン1つで訓練が終わる、だが実際の訓練は厳しい。


「闇魔法の特性は弱体を含む状態異常か闇魔法の具現化、この2つに分けられる。ノワールは魔法剣を作る道を選んだ。いい判断だと思う」


 魔装はその属性によってある程度系統が決まっている。

 闇魔法なら状態異常ルートか闇魔法の具現化ルート。

 これはスキルツリーの系統の話と通じてすんなりと納得できた。

 ストラクタさんは俺の闇魔法を見て魔法剣の具現化が出来ると判断した。


「お、おす!」


「魔法剣を作る際に重要になるのは自分の体に魔力を纏わせてコントロールする訓練だ。自分の体をサポートするように逆立ちを続けろ! これが闇の魔法剣を作る基礎となる!」

「ぐう! お、おす!」


 俺のジョブは魔法剣士だ。

 闇魔法のコントロールは他の属性より難しい。

 俺が剣を装備しているのは闇魔法で魔法剣を作れないからだ。


 更に闇魔法で武器を作って戦う際は体力や技量が必要になる。

 闇魔法と体力と技量は剣士としての力、そして魔法剣を作る為には魔法使いの訓練も必要になる。


 そして闇魔法で魔法剣を作る能力は魔装の強化とも繋がっている。

 闇魔法を使うなら体力訓練と魔力訓練と魔装訓練はすべて必要という事になる。


 覚える事が多い。

 これが闇魔法が外れと言われる理由の1つだ。

 でも、3種すべての訓練を続ければデメリットは無くなる。

 その日訓練を終えると俺はしばらく地面に寝ころんだまま息を整えた。



 ◇



 次の日からスレイアは午前と午後だけ訓練をして夕方以降はどこかに行った。

 情報を集めているらしい。

 俺は午前・午後・夕方と全部訓練を入れて体力を上げる事を重視しつつ訓練を続けた。


 左手に剣を持ち、右手で闇魔法の剣を作ろうとするが闇魔法はこん棒が少し尖った形で剣になっていない。

 剣と闇魔法を近づけると闇魔法の剣が歪んでいる事が分かる。


「それが歪みだ。次は剣を両手で構えて闇魔法を剣にまとわせてみろ」

「おす!」


 剣に闇魔法を纏わせようとするが場所によって纏わせる闇魔法がまだらになてしまう。


「それも歪みだ、右手に剣、左手に魔法剣を発生させて何度も見比べる訓練、そして剣に闇魔法を纏わせる訓練を交互に続けてイメージ通りの魔法剣が作れるようになるまで繰り返す。この訓練は今出来ない自分と向き合う苦しい訓練になる、だが1度覚えてしまえば出そうと思うだけで魔法剣を使えるようになる!」


 スキルをうまく使えずイライラする。

 眉間にしわが寄ってしまう。

 出来ない自分を知って改善を重ねる訓練。

 汗が噴き出して頬を流れ落ちる。


 でも、様々な訓練を続ける事で成長していった。

 走れば走るほど体力が上がる。

 魔法剣の訓練を積み重ねれば積み重ねるほどうまくなっていく。


 やればやるほど結果が出る訓練はいい。

 成長が実感できる。


 思えば会社にいた頃は仕事をすればするほど怒られた。


『何でミスをした!』


『何でそんな事も出来ない!』


『お前がやったんだろうが!』


 あの時は仕事をすればするほど損をする状況だった。

 俺は嫌な仕事を投げられる係でトラブルがあれば俺が怒られた。

 あの環境でやる気を出せる人間はいるのか疑問だ。


 でも今は訓練をやればやった分自分に返って来る。

 ストラクタさんは俺の為を思って教えてくれている。

 そして訓練を受ける他のメンバーの俺を見る目が変わって来た。


 みんなが皆俺の事を見直しているわけじゃない、でも中には俺に普通に話をしてくる人も出てきた。

 やはり口で言っても駄目だ。

 行動が大事だ。


 冒険者は口だけの人間を嫌う。

 でもそれは俺にとって都合がいい。 

 会社員時代のように口だけで自分では一切難易度の高い仕事をせず上司の目につく仕事だけするような人間を排除する動きに繋がる。

 俺としてはそっちの方がいい。


「ストップだ」


 俺は地面に寝ころぶ。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

「大分良くなって来た。ノワール、まるで人が変わったようだ」


「はあ、はあ、はい、家を出て、色々考えましたから」

「そうか、うん、俺はお前の事を買っている。ここまで厳しい訓練に耐えられる者はそうはいない、ハード訓練を耐えられる人間はそうはいない」


「え?」

「実はな、少しずつ訓練を厳しくしていた」

「そう、だったんですね」


 俺は、思ったよりも厳しい訓練をこなしていた。

 これだけやれるなら伸びて当然だ。

 自信が湧いてきた。


 ノワールはざまあ役だ。

 ハンデが大きい分これだけ厳しい訓練で丁度いい。


「ノワール! 地面に芋虫のように寝ころんで情けないな!!」


 兄が来た。

 兄は意味もなく俺を探してバカにする癖がある。

 ノワールの記憶ではわざわざ俺を探して貶める、そういう趣味を持っているのだ。


「ノワール、相手にしなくていい、訓練を再開する」

「おす!」

「次はダッシュだ」


 俺は走った。


「ノワール! まだ走り込みをやっているのか! お前の底が知れるな!!」


 周りで訓練を受けている人がかわいそうな者を見る目で俺を見た。

 みんなからは兄が異常者のように見えてるんだろうな。

 頑張る人を馬鹿にする兄をみんなはよく思わないだろう。

 冒険者は口だけの人間をよく思わない。


 そして兄に実力はあったとしても性格の悪さは有名だ。

 みんなは実力があり貴族である兄に対して何も言えない。

 でも兄が俺を馬鹿にすればするほど俺のヘイトを兄が受け取ってくれる。


 ノワールの記憶では兄の言葉に心を乱されてきた。

 だが今は兄の言葉が気にならない。

 それにだ、ゲームのストーリーで兄はゲーム主人公に倒される。 

 そう考えると会社の上司や先輩よりイライラしなくて済む。


 むしろ兄にはどんどん自らの異常性を発揮してもらっても構わない。

 そうなれば俺への評価が少しでも上がり兄の評価が下がる。

 俺はひたすら走る。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 兄はひたすら俺を馬鹿にしながら酒を飲む。


「はっはっはっは! 雑魚がどれだけ努力しても無駄なのになあ!」


「魔装で武器を作れないお前は出来損ないだ!」


「闇属性の外れ魔装が!」


「お前を見ていると民草の飲むまずい酒もうまく感じる!」


 見かねたストラクタさんが兄に向かって歩いて行く。


「はあ、はあ! ストラクタさん! 大丈夫です!」

「しかし、今の行動はあまりにも目に余る」

「はあ、はあ! 魔法剣を、作れていないのは、その通りです! 俺は大丈夫です!」


「わ、分かった」


 兄は危険だ。

 下手をすれば俺を庇おうとしたストラクタさんが殺される。

 しかもそうなったとしても貴族である兄は一切お咎めなしだ。

 この世界は元も世界よりも野蛮で階級がある。


 貴族が平民を殺しても罪に問えない。

 ストラクタさんのようにまともな人間がいなくなれば俺はどんどん苦しい立場に追い込まれるだろう。


 力をつけて兄より強くなったら闇討ちしてやろうかな。

 この世界には監視カメラとかそういうのは無い。

 盗賊に殺されたと思わせるように持って行く事は出来るだろう。


 でもそれ以前に俺は力をつけよう。

 何をやるにしても力が無ければ始まらない。


「つまらんな、帰る」


 兄が帰っていった。

 悪口で俺が悔しそうな顔をしないのが面白くないんだろう。

 本当は俺に悔しそうな顔をして欲しいんだろう。

 言い返して欲しかったんだろう。


 まともな人間は俺が変わる事で俺への対応が良くなる。

 でも兄は俺がどんなに変わっても、何も変わらないだろう。


 兄より強くなろう。

 まだ訓練を始めて一週間。

 チート持ちのゲーム主人公なら一週間で訓練が終わる。


 ゲーム主人公ならそれで十分かもしれないけど俺はまだ訓練が足りない。


 もっと長く訓練を続けよう。

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