第3話
俺は体力訓練(イージー)を受ける。
訓練の難易度にはイージー・ノーマル・ハードの3種類があるがゲームでは最初イージーしか選べない。
何度もイージーの訓練を続けるとノーマル、ハードと高負荷の訓練を受ける事が出来るようになる。
訓練には体力訓練・魔力訓練・魔装訓練の3つがあり、それぞれレベルを上げる事が出来る。
体力訓練=HP、力、速度、物理防御力、回復力が上がる体力レベルの経験値を取得できる。
魔力訓練=MP、魔力、魔法防御と魔法威力が伸びる魔力レベルアップの経験値を取得できる。
魔装訓練=魔装のスキルを覚えたりスキルの強化が出来る魔装レベルの経験値を取得できる。レベルを上げる事で魔石で魔装を強化するための限界値を引き上げる事が出来る。
最初に伸ばすべきは体力だ。
体力を伸ばしておけば回復力が上がる為次の訓練で疲れが残りにくくなる。
ノワールの記憶では体力が上がれば動体視力も上がる。
兄の攻撃を避けられなかったのは反応できなかった事も原因の1つだ。
このキャラは体力が高い。
それでも兄の攻撃に反応できなかった事を考えれば圧倒的に訓練不足だ。
訓練には注意点がある。
疲れた状態で訓練を受けると取得経験値が下がるのだ。
特に同じ訓練を連続で行うと取得経験値の減少幅が大きくなっていく。
ダンジョンに挑んで走り回ったり魔法を使う事で多少経験値を得られるが自分の能力を上げるメインは訓練だ。
強くなるためにはまずは訓練、これがゲームの基本だ。
訓練を耐えて見せる!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺はギルドの横にある訓練場をぐるぐると走る。
ストラクタさんが檄を飛ばす。
「走れ走れ! モンスターに追い詰められて勝てないと判断すればどうする!?」
「はあ、はあ、逃げます!」
「そうだ、その場合足が遅ければどうなる!?」
「モンスターに殺されます!」
「そうだ! 冒険者は生き残る事が何より大事だ! ノワール! お前は自分の元からある体力に頼りすぎて努力を怠って来た!」
「オス!」
俺は部活モードで訓練を続ける。
「足が遅くなっている! 全力で走れええええ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「体力が無くなってから走る事で体力が伸びる! もっとだ! もっと自分を追い込め!」
「はあ! はあ! おすう!」
最初は酒を飲みながら笑って見ていた冒険者の笑顔が消える。
「あれって、イージーじゃないよね?」
「ああ、ノーマルの訓練だ」
「ストラクタはノワールが諦めるか見極めてんだろうな」
「あいつは努力をしなくても体力があった。で若いのに鉄等級の冒険者になっちまった。その鼻っ柱をへし折る気なんだろう」
「ノワールは鉄等級になってかなり調子に乗っていたからなあ」
冒険者の等級には上から順に階級がある。
白金等級:今存在しない伝説級の等級
金等級:一握りのエース
銀等級:上級
銅等級:中級上位
鉄等級:中級下位
木等級・黒色:下位の上
木等級・茶色:下位の中
木等級・白色:下位の下
紙等級:見習い
冒険者の大部分が木等級か鉄等級だ。
ノワールの体は体力が伸びやすい。
まだまだノワールは伸びる。
1日目の午前、走っているだけで体力が上がっていくのを感じる。
この世界の体がそういうものなのか、それともノワールの才能なのかは分からないがとにかく訓練をすればするほど自分の血肉になっていく。
サクサク能力値が上がっていくのを感じる。
俺は走った。
◇
走って動けなくなると息を整えて腕立てをしてそれが終わると今度はジャンプして動けなくなるとまた違うトレーニングを続けた。
「午前の訓練は終わりだ。午後もやるか?」
ストラクタさんが俺の目を見て言った。
俺は試されている。
受けないと言えばここで終わる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、やります」
「そうか、少し張り切りすぎてしまった。終わった感想はどうだ?」
「……この剣が重いです」
「そうだな、お前にその剣は重過ぎる、剣を振ってみろ」
「オス!」
俺はふらふらと立ち上がり剣を抜いた。
自分の強さを示す為幅が広くて宝石をあしらった剣を見つめる。
無駄だよなあ
剣を振ると剣に振り回されるように振り遅れた。
疲れて走ってそれでもこの大剣を腰にぶら下げていると本当に邪魔に感じる。
「剣の振りが遅い」
「そう、ですね、剣を売って質素な普通の剣に変えます」
「ほう」
ストラクタさんが感心したように言った。
俺が言う事を聞くとは思っていなかったんだろう。
俺は信頼されていない。
もしストラクタさんといい関係が築けていたとしたら訓練を始める前に剣が合っていない事を指摘してくれただろう。
だが相手は悪役のノワールだ。
性格の悪いノワールに普通に話をしても聞かない、そう思うのが普通だ。
訓練で追い詰めて剣が重い事をこりてもらうのは良い手だと思う。
「もし良ければギルドで剣のアドバイスをしたいがどうだ?」
「よろしくお願いします」
訓練所の横を見るとスレイアが地面に寝ころんでいた。
スレイアは魔力訓練を受けていた。
魔力を使いすぎると具合が悪くなる。
「スレイアは魔力を使いすぎたな、お前もよく頑張った」
「スレイア、ギルドまで運ぼうか」
「うん、お願い」
俺はスレイアの脇に潜り込んで横で支える。
「ノワール、足が震えてるよ」
「お前だって具合が悪いんだろ?」
「は、ははは」
「ふ、ふふふ」
2人で笑った。
ストラクタさんが驚いたように俺を見た。
ノワールだったら『ふん、自分で歩けよクズが』と言うだろう。
俺は子羊のように歩くスレイアを連れてギルドの中に入る。
ストラクタさんのアドバイスで剣を買い替えた。
その様子を見て受付嬢が驚く。
「あ、あの、この剣は本当に売却でいいんですね?」
「はい。それと、このアクセサリーもすべて売却でお願いします」
「ええええ! ノワールさん、大丈夫ですか?」
「ええ、今までの僕は夢を見ていたようです、今が大丈夫になった僕です」
冗談っぽく言うと受付嬢の顔が引きつる。
信頼関係のない相手に冗談を言ってはいけない。
相手の立場で考えれば後から難癖をつけられるリスクがあるのだ。
「あの、本当に売却します、紛らわしい冗談を言ってすいません。全部売却します。売却です」
「わ、分かりました」
俺はスレイアと同じテーブルで食事を摂る。
ストラクタさんが食事を持って歩いてきた。
「同じテーブル、良いか?」
「どうぞ」
「いいよ」
ストラクタさんが座る。
「午後からの訓練はイージーより優しくしてもらっていいかな?」
「問題無い、午前の訓練は少し張り切りすぎた」
「うん、自分のペースで続けられるようにした方が良いと思う」
「ノワールは我慢強いね」
この体は痛みに強い。
息が上がっても、筋トレで体が痺れても思ったよりは苦しくないのだ。
でも、それが1番の理由じゃない。
「何て言えばいいんだろうな、会社にいた時は仕事をすればするほど損をする気持ちだった。でもこの訓練はやればやった分だけ自分の血肉になる」
「会社? 会社の意味が分からん」
「あ、いあ、いつもの冗談でした」
「ふむ、午後の訓練は午前と違う訓練にしてくれ。疲れが残っていると訓練の効果は落ちる」
「分かりました」
ゲームと同じ仕様か。
連続で同じ訓練を受ければ取得できる経験値が減少する。
訓練をやって分かった。
午後は思うように走れない、体力訓練の効率は落ちるだろう。
「ノワール、何があった?」
ストラクタさんの言いたい事が分かる。
ノワールの性格が変わった。
普通に考えて不気味に思うのは当然だ。
何があったかを聞いているけどストラクタさんが聞きたいのはそうじゃない。
俺の心がどう変わったか、今何を考えているかを知りたいんだ。
「今まで僕は両親にいない者のように扱われて兄には殴られ、無能とバカにされて育ちました。何度も兄がやった事や親がやった事を僕のせいにもされました。この世界がそういう世界だと思って生きてきました」
これはノワールの心だ。
人は家族から多くの影響を受ける。
特に子供の頃は家族がその人の世界になる。
親や兄弟を見て子供は世界を認識する。
「僕は家族がするような嫌な事をみんなにしてきました。でもそうする事で嫌な事をされた分が返って来るんだと分かりました。そして家から追放されて、おかしいのは家で、周りにいるみんなはそこまで悪い人間ではないんじゃないかと思いました。そしておかしいのは家だけじゃなく、僕もおかしいんだと思っています」
「……」
ストラクタさんは俺に耳を傾け続けた。
「自分を変えたいです。行動を変える事で自分を変えたいです」
心を変える事は難しい。
だが行動を変える事で間接的に自分を変える事なら出来る。
これはストラクタさんがゲームで言うセリフでもある。
この世界のストラクタさんを見て分かった。
ストラクタさんは誰にも死んでほしくない。
ストラクタさんは自分が悪者になってでも人を助けようとしている。
「分かった、朝は1日だけと言ったが、一週間訓練を受けてみないか?」
俺はストラクタさんから1日ではなく1週間の信頼を得られた。
今はそれがありがたい。
「よろしくお願いします」
俺はストラクタさんに頭を下げた。
頭を下げているのに嫌な感情が沸き上がってこない。
ストラクタさんがもし日本にいたら『めんどくさい人』だと思って距離を取っていただろう。
でもストラクタさんは俺の為を思って言っている。
俺の未来が良くなるように導こうとしてくれている。
ゲームのストラクタさんは面倒見が良かった。
会社の上司や先輩は自分だけの人間だった。
この世界の両親と兄も自分だけの人間だ。
俺は皆に嫌われている。
でも、ストラクタさんは俺の未来に期待してくれている。
その想いがとても心地いい。
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