第2話

「今日は、お疲れさまでした」


 俺は何事も無かったように礼をした。

 内心イラついてはいるが社会人だった頃の癖でこうしてしまう。


「お、おう、お疲れっす」

「帰るわ」

「僕も帰るよ」


 戦士ゴルド・ヒーラーヨルナ・ゲーム主人公のアレクが帰っていく。

 だが女魔法使いのスレイアだけが残る。


「スレイアさん、帰らないんですか?」

「少し話をしましょう、外で」


 周りを見ると俺の丁寧な言葉に怖がる者。

 そして気持ち悪い者を見るような目で俺を無遠慮に見る視線を感じた。

 ノワールは普段こういう言葉を使わない。


 ノワールのイメージは街で一番悪いヤンキー高校生のような感じだ。

 冒険者の男が俺を見ながら言った。


「ノワールのやつ、瓶で殴られておかしくなったか?」

「バカ、黙ってろって、あいつら面倒なんだから、前殴り合いになっただろ、勝っても恨まれるだけだ!」

「若いガキどもは勢いだけはあるからなあ」


 悪者でいるのは嫌だなあ。

 頑張っても悪者になる会社員時代を思いだす。

 でも良い面もある、冒険者は表裏が少なくて思った事をすぐに言う人が多い。


 会社の人間よりからっとしていてある意味やりやすい。

 前世の会社はもっと陰湿だった。


「そうですね、外に出ましょう」

「はい」


 女魔法使いのスレイアと外に出た。


「ふう、前世でノワールは社会人かな? あ、私は高校生だったけど」

「25才のサラリーマンだった」


 スレイアが敬語を使わなかったため自然とため口で話す。


「ゲーム、やってた?」

「ファンタジーフロントはプレイした」

「うん。さっきは助けられなくてごめんね」

「いや、あの状況は首を突っ込めば首を跳ねられるかもしれない所だった。それに兄のパンチを避ける事が出来なかった。今の俺達じゃまず勝てない相手だ」


 もし、俺がスレイアの立場だとしても助けなかっただろう。

 ノワールは殴られただけで済んだ。

 だがもし助けに入れば殺されるかもしれない状況だった。

 貴族と平民の階級差は大きい。


 そして道を歩いていると盗賊に殺される事もある、そういう世界だ。

 日本のように安全ではない。


「そっか、やっぱり思った通りの人だね、まともそうに見えるよ」

「ん? まとも、か」

「2人で手を組まない?」

「主人公じゃなくて悪役のノワールである俺とか?」


 ゲーム主人公のアレクはチートキャラだ。

 スキルツリーのルートによって戦い方は変わるが、どのスキルツリーを選んでも覚えられる補助魔法、光の加護が強力だ。


 今は自分にしか使えないが魔装のレベルが1上がるだけでパーティー全員に使用可能となる。

 更にレベル%分攻撃力・防御力・速度が強化されるだけじゃなく、HPとMPも微量ではあるが回復する。

 終盤で魔装レベル60になっていた場合攻撃力・防御力・速度が60%強化される。

 まるで主人公が成り上がる為にご都合主義で用意されたような能力なのだ。


 対して間抜けな悪役ポジションのノワールは強くはない。

 まず剣を振る攻撃モーションが遅い。

 状態異常の魔法は成功率が低い。


 まるで攻撃してくれと言っているように隙だらけで体力だけは高いのでHPは高め、それがノワールだ。

 ざまあする為に何度も攻撃出来るように体力高めに作られている気がする。


「うん、主人公のアレクじゃなくノワールと組みたいよ」

「ごめん、軽い気持ちで聞いて欲しいんだけど、もし良ければ理由を教えて欲しい」


 なぜだ? と聞くのはプレッシャーだ。

 会社では俺を追い詰める為に何度も言われてきた言葉でもある。


「そういう気を使う所、ノワールは安心できるよ。 でもアレクはノワールがビンで殴られている時にバカにするように笑っていたから」

「横目でアレク笑っているようには見えていたけど、やっぱりそうか」


 性格で選んでいる、か。

 少しだけ嬉しくなった。


「うん、それと戦士ゴルドはノワールに関わりたくない顔してた」

「そうか、良くも悪くも日本人か」

「うん、そしてヒーラーのヨルナはノワールのキャラを嫌いなんだと思う」

「ああ、ゲームのキャライメージで俺を見ている感じか」


「うん、そうだと思う」

「言いにくい事を言わせてすまなかったな」

「いいよ」


 んと、スレイアから見たみんなの評価はこんな感じか。


 俺、ノワール→まともそう。

 ゲーム主人公の男でサポーターアレク→性格悪い。

 男戦士ゴルド→厄介な場面では知らないふりをする性格。

 女ヒーラーヨルナ→俺のキャラが嫌い。


「それに闇属性は強くなる可能性があるよ」


 これも同意見だ。

 闇属性の魔装はこの世界では弱いとされている。

 原因はノワールの記憶で分かる。


 闇の魔装は相手に弱体魔法を含む状態異常魔法をかける能力を持つ事が多い。

 でも弱体や状態異常をかけるなら攻撃魔法を飛ばして即倒した方がいい。

 そしてゲームでは有効な弱体魔法もレベル差によって成功率が変わる。


 つまり強いボスにはあまり成功しない。

 ゲームで状態異常を使いたい相手は強敵だ。

 防御の硬い相手の防御を下げたり、素早い相手を眠らせたり効けばかなり有用だ。

 でも強敵ほど状態異常の成功率が下がる。


 更に弱体魔法をかけなければ倒せないようなモンスターに挑む時点で無謀だ。

 ゲームでは何度やり直してもいい、でもこの世界で命は1つだ。

 強敵に挑むのは自殺行為だ。


 闇魔法のもう1つの能力はスケルトンを出したり、自分の影を出したり、黒い影を操って攻撃する方法だが呼び出したその能力は体力レベル依存だ。

 つまり仮にスケルトンを出して戦う魔装の場合魔力レベルを上げてMPを上げ、魔装レベルを上げてスキル性能を上げた上で体力レベルを上げてスケルトンの能力を上げる必要がある。


 そしてスケルトンの能力はスキル使用者の体力より弱い劣化版だ。

 でも敵が使うスケルトンは厄介だった。

 俺がスケルトンや影を操れるなら弱体魔法じゃなくこっちに希望がある。


「どうかな?」


 魔法使いスレイア。

 氷魔法を操り遠距離からモンスターを倒す事が出来る。

 一緒に行動できるなら心強いだろう。


 だが、俺はしばらく冒険者として活動しない。


「悪い、しばらくストラクタの元で訓練をしようと思う」

「鬼教官、でも、受け入れてもらえるかな?」


 鬼教官ストラクタ、ゲームの訓練で出てくるキャラだ。

 このゲームはモンスターを倒せばサクサクレベルが上がる仕様ではない。

 毎日午前・午後・夕方と3回訓練をする事でレベルを上げる。


 体力訓練・魔力訓練・魔装訓練、3つの内から訓練を選びボタンを押すだけで訓練が終わる。

 ノワールの記憶ではこの体は訓練をろくに受けていない。

 兄にいたぶられたがアレは訓練になったか微妙だ。

 でも、ノワールの記憶では体力が高いようだ。

 今までノワールは訓練をやってこなか分伸びしろが期待できるのだ。


「分からない、俺のキャラは、いや、俺は嫌われているからな。ゲームのようにすんなりとはいかないかもしれない」

「ステータス、ステータス、駄目だね」

「もしかして、ステータスを開こうとしてる?」


「うん」

「ステータス! アビリティ! 能力値! ステータス表示! やっぱり駄目か」


 石を拾った。


「でも、ストレージは使えると思う」


 石を異空間に入れた。

 アイテムを保存できるストレージは皆が使える。


「うん、話は逸れたけど、明日は、ストラクタさんの所に行ってみる」

「そっか、うん」


 スレイアの顔が曇った。

 正直に言って訓練をしたい理由だけで断わるわけじゃない。

 スレイアがどういう人間かまだ分からない。

 もし一緒に行動するにしてもそれを見極めてからにしたい。


 前世では人間関係で嫌な目に合って来た。

 この世界は中世ヨーロッパのような雰囲気だ。

 前世より治安がいいわけじゃない。

 もしも闇討ちされた場合うやむやにされる。


 俺はマグロ漁船の話を思いだした。

 マグロ漁船では気に入らない人間を海に突き落とすらしい。

 そして事故死に仕立て上げる。


 この世界は監視の無いマグロ漁船と一緒だ。

 日本とは違う。

 

「じゃ、また」

「うん、またね」


 俺は分かれて体を洗い倉庫として使われていた家で眠った。

 ここは貴族の家を追放されるときに貰った。



 ◇



 早朝、下着姿で起きる。


「魔装」


 魔装の力で黒いローブをまとった。

 ストレージから剣とベルトを出して装着する。

 大剣が、重いな。

 この体に合っていない気がする。

 長さは普通の剣と変わらないけど無駄に幅があってゴツイ。


 プライドの高いノワールらしい武器チョイスだ。

 自分を大きく見せる為にアクセサリーや派手な剣を装備している。

 でも派手な剣は『魔装で武器も出せない無能』になるから結果馬鹿にされる。


 剣を鞘から抜いた。

 無駄にごつくて宝石をちりばめた大剣。

 剣で素振りをすると明らかに振り遅れている。

 この剣は駄目だな、体格に恵まれた男戦士のゴルドなら使いこなせるかもしれない。

 でも俺の体格には向かないだろう。

 背は少し高いけど軽量級のボクサーのような体型で重すぎる剣は向かないだろう。


 剣の事は後で考えよう。

 ギルドに向かう。

 ギルドに入ると朝でも酒を飲んでいる冒険者がいる。

 ギルドはモンスターの納品からアイテムの販売、そして食堂、酒場、宿屋まで一通り揃っている。

 

 俺は1人で食事を食べた。

 スレイアもやって来た。


「私も、訓練を受けるよ」

「うん、そっか」


 食事を終えると2人で受付嬢のいるカウンターに向かった。


「訓練を希望します」

「私も」

「えええ! 訓練ですか! 冗談ですよね? その敬語、冗談ですよね?」


 みんなあまり訓練を受けたがらない。

 冒険者が悪い事をすると罰として訓練という名のしごきを受ける。

 この世界の訓練はそういう認識なのだ。


 だがゲームストーリーでは主人公がパーティーを追放されてから一週間訓練を受けノワールのレベルを軽々と追い越す。

 訓練序盤は面白いほどにレベルが上がるのだ。


「いえ、本気です! 本気で訓練を受けに来ました!」

「私も本気だよ」

「……少々お待ちください、ストラクタさんを呼んできますので」


 受付嬢が下がっていった。

 朝から飲んでいた冒険者が何事かと集まって来る。

 俺は信頼されていない。


 ストラクタがやって来た。

 ストラクタは特徴のない見た目をしていた。

 中肉中背で顔にも特徴が無い。


「ノワール、お前本気か? お前は口だけで努力出来ない人間だろう? 訓練は厳しい」


 その目は鋭く疑いの目で俺を見る。

 俺は試されている。

 どう答えるか、どういう反応をするかストラクタは見ている。

 この街で俺の評判は自分に甘く他人に厳しいヤンキー。

 そして主人公であるアレクをいじめる悪役だ。


 ストラクタからすれば前にやった事は俺じゃないとかそういう言い訳は通用しない。

 ノワールは俺自身だ。

 例え俺が転生前にノワールがやった事だとしてもノワールの行動は俺自身の行いだ。


 今までのノワールの悪行は転生した俺の責任だ。

 俺はこれからこの体と付き合っていくのだから。

 ここで逃げるのは駄目だ。

 ノワールの悪行をゼロには出来ない。

 

「俺は、僕は今まで人に迷惑をかけてきました。両親や兄のやっている事にいら立ち、その嫌な事をみんなにやってしまっていました。自分を変えたんです!」

「……分かった、1日様子を見てみよう、だが訓練を受けるには金がかかる、いつでも諦めて大丈夫だ」


 ストラクタさんは俺に期待していない。

 俺が音をあげればすぐに訓練をやめるだろう。

 1日だけでもいい、訓練を受ける。

 受けさせてくれる。


 鬼教官ストラクタ、ゲームで登場する彼は面倒見がいい。

 俺にチャンスをくれた、たとえそれが1日だけでも今はそれだけでありがたい。


「よろしくお願いします!」


 周りから声が聞こえた。


「あいつ、敬語を使ってふざけてんのか?」

「あの敬語が怖いわよね」

「ノワールが訓練に耐えられるわけがねえ」


「だよな、鬼教官のストラクタだぜ?」

「どうせ諦めるだろうよ」

「ねえ、賭けをしない?」


「おう、良いじゃねか、俺はノワールが音を上げるに金貨1枚」

「私もノワールが音を上げるに金貨1枚」

「俺もノワールが音を上げるにかけるぜ」

「俺もだ」


「「はははははははははははは!」」

「賭けにならねえじゃねえか、はっはっははははははは!」


 そう、俺の評価はこんなだ。


『若くして冒険者の等級を上げて調子に乗る悪ガキ』


 口でいくら言っても俺の評価が上がる事は無い。

 特に冒険者は口だけの人間を嫌う。

 冒険者は自分から前に出て危険なモンスターと戦う職業だ。

 口だけの人間を信頼すれば死につながる。


 行動で示す。

 この訓練を乗り越えてやる!

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