06

 初めての正社員。仕事は、天職だと思った。

 私が初めに配属されたのは、接客と事務処理を行う部署だった。アルバイトで鍛えた応対力で、失敗はたまにあるものの、おおむね上手くこなせていた。後輩ができた頃は、電話応対なら惣山を見習え、とまで言われたほどだった。

 そして、外回りも行うようになった。その時指導役として付いてくれた女性の先輩は、厳しくも優しかった。さっさと仕事を終わらせ、空いた時間にカフェでお喋りをするのが楽しかった。先輩は、仕事だけでなく、この会社での渡り方も教えてくれた。育児休暇が整っている会社なので、子供が欲しいなら早くした方がいいよ、とのアドバイスも頂いた。

 私生活も充実していた。夫と結婚することになり、顔合わせや新居探し、結婚式といった幸せなイベントを積み重ねていった。夫の両親とも折り合いは良く、特に義母からは本当の娘のように扱われていた。

 仕事も結婚も順風満帆。次は子供かな、なんて、幸せな将来の生活ばかり描いていた。実際にそうなるものだと信じて疑わなかった。

 ところが、就職して三年半が過ぎた頃。仕事でのミスが多くなっていった。指導役の先輩は転勤し、後輩はどんどん増えて行った。もう新人とは呼べない段階に入っており、簡単な失敗なんて許されなかった。何より、自分自身がそれを許さなかった。

 うちの会社の繁忙期は二月から三月だ。残業こそあまりないものの、嵐のように仕事が舞い込んでくる。後輩たちの面倒も見なくてはいけない。ただただ、黙々と、働いた。不調は感じていた。それを隠すため、異常に明るく振る舞っていた。

 繁忙期が過ぎ、私はふと、立ち止まった。理由のない感情。消えたいと思う感情。道路を歩けば車に轢かれたいと思い、電車を待っていれば飛び込みたいと思う。これはおかしい、またあいつがやってきた、と判っていた。しかし、目を背けたのは、会社に迷惑をかけたくないという一心だった。今なら、休むことが結局は会社にとっていいのだと分かるけれど、当時は休んではならないという強迫観念に捕らわれていた。

 そしてとうとう、身体が動かなくなった。

 一日目、二日目辺りは自分から連絡をして、休むと言えたのだが、三日目くらいからそれもできなくなり、夫に電話をしてもらっていた。それで上司たちが心配して、家に来てくれた。どうやら夫に監禁されている可能性があるかと思われたらしい(今となっては笑いごとである)。近所のカフェへ行き、休んでしまったことを詫び、明日からは出勤すると答えたが、やはりそれはできなかった。それを見越していた夫は、診療所の予約を取っていた。そうして、H先生の診療を受けたのである。

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