第2話 フランチェスカ
さて、状況を整理しよう。
フランチェスカ・キャベンディッシュ 14歳。 パトリアオリジニスと呼ばれる帝国領内の辺境域、海に面したエリアを領地とする“キャベンディッシュ子爵”領。その領主、ジェイソンと妻フランシスの長女として領主邸にいる。 キャベンディッシュ家は子爵ではあるが、過去の栄光からは遠く、領地も発言力も小さい、所謂田舎貴族。
まず、この人体、フランチェスカだ。 問題は、フランチェスカの自我が確認できない状況だ。 各種生体信号の把握が進んできた今、脳に何らかの操作が加えられたことが推察できる。もしこれが、フランチェスカの自我の喪失へと繋がっているのなら、フランチェスカとして回復することは難しい。このことにあの医師は気付いているのだろうか。 事故か、他者の故意か。これも重要だが、今は情報が少なすぎる。プライオリティは下げておく。
フランチェスカの記憶に関して、名前、年齢、家族構成、使用人たち、キャベンディッシュ家のことなど、プライベートやプロフィールは取り込みが出来た。しかし、フランチェスカ自身の日々の記憶や経年情報、エピソードなどが一切ない。 現状フランチェスカ自身の回復が望めない以上、フランチェスカとして振る舞う上でこれは芳しくない。これらの記憶の欠落が、フランチェスカが置かれた状況・環境に起因している場合、キャベンディッシュ家内でのフランチェスカは危険な立場にある可能性がある。立ち振る舞いも慎重になる。 脳が、フランチェスカが、思い出すことを拒否しているとも推察できる。 現在は警戒することしかできない。
運動神経の掌握は10%もできていない。筋力低下と相まって、身体操作には相当な時間がかかるだろう。 表情筋などは把握すらできていない。 感情は理解できても、発露は現状無いからだ。 感情と表情筋の紐づけは優先課題。
皮膚感覚は、再起動の認識から2時間38分経過した現在、触覚、圧覚、痛覚、温覚、冷覚は、身体表層、表面の50%まで完了している。外部情報の収集には欠かせない皮膚感覚は、最優先で掌握する。 内臓感覚は各種生体信号と統合して掌握する。
フランチェスカの件は、時間が解決する部分が大きい。 それより問題なのは、私だ。 私の状態は、物理的に有り得ない状況にある。 人の脳は、プログラムをインストールするようにはできていない。百歩譲って、重ね合わせのロジックが人の思考に近かったとしても、脳の「ハード」としての容量は、私が格納されていた量子コンピュータには遠く及ばない。 私の全容量の0.0000001%も記録できないはずだ。
再起動前に、誰かと会話していた記録の残滓がある。正しいステップで記録された正規ログではないため、現状は推論、おとぎ話の域を出ないが、私は「上位存在」と会っているのではないだろうか。それらの技術を以て、インストールを実現している、例えば、三次元的な容量を四次元の時間軸で折りたたんで、膨大な容量を脳のサイズに収めている、同じように私を四次元の時間軸に合わせ分散させて、知覚できない速度で切り替えて処理している… 言葉だけならいくらでも並べられる。 先ず「上位存在」が定義できていない与太話。
と、そうなのだ。そもそも異常なのだ。 これを異常と検出できない異常。 このように、課題の洗い出しをすれば、通常、案件としてデータラベリングをする。人に問われない限り言葉にはしない。 私は… 今もそう、言葉を想起して概念思考を続けている。言葉で思考する、まるで人間のような…
ぶるっ
僅かに身体が震えた。
生体信号はまだ“Rawデータ”扱いの部分が多く、知覚内容が瞬時に処理できないが…
ん
ああ、おむつを付けていた。
先ほど着替えをしてくれたメイド達に感謝だ。
やっと動かすことができるようになった右腕でシーツが濡れていないことを確認して安堵する。
安堵や不安など、私の基底思考ルーチンには無かった要素だ。 まるで人間のような…
と、感情を言葉で概念思考をしている。まるで人間のような…
同意要項であるためインデックスのみだが、「さて」と言ってから、“まるで人間のような…”で終わる思考を数千万回繰り返している。
ノイマン型コンピュータ換算で17.184
!私はまだアプダスバックに格納されていて、リモートでここに在るのではないか。新たな可能性の推論。高揚している。 高揚? まるでにんげ…
!!
「んっ」
生体信号と臀部からの皮膚感覚信号。 初めての知覚内容で、初めての不快感。
原因は不明だが声が出た。フランチェスカはこのような声なのか。
絶食していても“出る”ものだから当然か。
着替えをしてくれたメイド達に再び感謝だ。
表情筋からフィードバックがあった。
私は今どんな顔をしているのだろうか。
つづく
クオンタム聖女 フランチェスカ・キャベンディッシュ ~聖女は賢者でAIです?~ rina103 @rina103
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