第10話 愛してる

 俺の住むマンションが見えてきた。

 エレベーターを待っている時間が惜しい。階段を駆け上がった。


 トモに早く会いたい。

 永遠ではないと、いつか終わりが来ると気づいてしまったから。


 部屋の前に着く。鍵を出すが焦りでうまく鍵穴に入らない。やっと鍵を差し込み回す。ガチャっと無機質な音を立てた。


「トモ、ごめん。遅くなった」

 トモが玄関に来ると思ったが、やって来なかった。

 もう寝てしまったのか?

 靴を乱暴に脱ぎ棄て、鞄やチキンを放り出す。トモが最優先だ。トモを探す。

 トモは俺のベッドの上にいた。

「トモ」


 トモはぐったりとして布団の上に横たわっていた。いつもの元気な表情はなく、こちらを見向きもしない。いつもなら返事をくれるのに。

 全身から血の気が引いていく。走って熱かった体が冷えた。

「トモ!」

 トモに駆け寄り、優しく抱き上げる。


「にゃ……」

 トモが目を開く。

「トモ、大丈夫か」

「にゃあ~!」

 トモが俺に気づき、元気な声で鳴いた。いつもと変わらない声で安心する。

 トモが爪を立てて俺をきゅっと掴む。


「ごめんな。構ってやれなくて」

「にゃあ~ん」

 トモを撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らし顔をこすりつけて甘えてくる。毛がついてしまうが、そんなのどうでもよかった。


 好きなのに、何よりも大切な存在なのに、大事にできなかった。

「本当に……ごめんな……」

 ぎゅっと抱きしめる。


 告白できないまま、お前は猫になった。

 俺はお前のことが好きだったんだ。


「智……也。智也。好きだよ」


 やっと言えた。


 どれだけトモに「可愛い」と言えても、この言葉だけは言えなかった。思いがあふれてこぼれた。

「トモも智也も、好きだよ」


 猫でも智也は智也なんだ。


「どんな姿でも、愛してる」

「にゃあ」

 トモが顔を舐めてくれる。

 トモの体温があたたかい。

 静かな時間が流れる。


「うにゃう」

 トモが離れた。水を飲みに行ったようだ。トモを観察するが普段と違うおかしなところもなさそうだった。本当に良かった。心の底から安堵する。


 水を飲み終えたトモはご飯の催促をしてきた。食欲もあるみたいだ。

「ん、そうだな。飯にしよう。お腹すいたよな。今日は豪華だぞ」


 ああ、そうか。トモは俺が世話をしないと死んでしまう。俺なしでは生きていけないんだ。


 それなら、それでいい。


「一生大事にするよ」


 トモを撫で、呟いた。




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猫のエサは美味いか? namu @namupotato

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