第7話 大学生
大学の入学式、オリエンテーション、健康診断、履修要項片手に履修登録。
様々な手続きや説明を受け、頭がいっぱいだ。それでも、新しい場所での生活は少しワクワクする。帰ったらトモもいるし。
ただ、人と話すのは少し苦手だから不安もあった。
そんな中、教科書販売の列に並んでいる最中、後ろにいた人に話しかけられた。
「でけ~ね。何センチあんの?」
「百八二」
「すげ~。背高いの憧れるわ。あ、いきなりごめんね。気を悪くしたら謝る」
「いや、平気」
簡単に自己紹介を済ませる。同じ学科で名前を佐倉というらしい。
「他の授業であったらよろしくな!」
「おう、こっちこそよろしく」
うまく話せているだろうか。素っ気なくなってないだろうか。少し緊張する。
「尾野って一人暮らし?」
「一人暮らし。でも猫と一緒」
スマホでトモの写真を見せる。
「うわ~かわいい! 俺も実家で犬飼ってるんだよ」
写真を見せてくれた。黒の柴犬で舌を出して笑っている。前は動物には興味がなかったがトモが来てから興味が惹かれるようになっていた。
「柴犬か。かわいいな」
「だろ~」
そのまま打ち解けることができ、うちの子自慢が始まり並んでいる間も退屈しなかった。トモの写真から話題が広がり、会話が弾む。トモに感謝しないとな。
こうしているうちに列は進み、教科書を買った。第二言語のクラスが同じでそのまま一緒に行動することになった。
「ただいま」
「にゃ~う」
トモが出向かえてくれる。
ふわふわの先に顔を埋め、疲れを癒す。
一人暮らしだと食事も家事もすべて自分でしなければならない。親のありがたみが身にしみる。
一人だったら片付けを後回しにして散らかっていただろうな。トモがいるから散らかすわけにはいかない。
夕食を食って風呂に入る。
湯船に入っていると、ドアが開いてトモが顔を半分覗かせた。
「スケベ」
そろそろと風呂場に入ってくる。
浴槽のフチに乗り水を眺める。
「落ちんなよ」
座り込み、ちゃぷちゃぷと水に触り始めた。
「お前もつかるか?」
「にゃう」
濡れた手で掴んでも嫌な素振りは見せない。
支えながら湯船に入れる。
「気もちいいな」
「にゃ~」
トモは気の抜けた声を出す。
リラックスしているようだ。
布団に入ればトモもやって来る。
ベッドに飛び乗り、俺の隣で眠り始める。
隣で顔をくっ付けて眠ることも多いが、俺の脚の間で眠ったり、俺を端へ追いやったり、腹の上で寝ることもある。寝づらいのだが。
トモは暖かくて気持ちが良く、おかげでぐっすりと眠ることが出来る。
「トモー。遊ぶかー」
「にゃ~!」
ねこじゃらしを緩急をつけて振れば素早く掴みかかる。俊敏な動きで追いかけ、黄色い虹彩が輝く。真剣な顔つきで猫じゃらしを狙い、その姿はまさにハンターだ。
明日は大学だからな。今日は思う存分遊んでやろう。
一年次は必修科目が多く、あまり自由な時間がない。そのうえ課題も多い。トモに邪魔されつつも与えられる課題やレポートをこなしていく。
今日は第二言語の授業のフランス語だ。
「おはよー」
「おはよう」
佐倉の隣に座り、ルーズリーフを出す。
出てきたのはルーズリーフと、ふわふわした羽だった。
「何それ?」
「猫じゃらし……トモが入れたのか!」
「あはははは」
佐倉が爆笑する。
「どしたん?」
「猫?」
佐倉の笑い声につられて次々と友人が寄ってくる。
大学生活にも慣れ、友達も増えた。
大学は高校よりも自由で、過ごしやすかった。
トモとあわただしい一年を終え、二年生になった。好きな授業を取りやすくなり、時間の調整もしやすい。
朝も余裕ができた。ゆっくり眠れる。しかし、
「にゃ~!」
腹をすかせたトモが起こしにくる。耳元で鳴き、ご飯の催促をしてくるのだ。
「わかった……起きる……」
三年生になれば就職活動の準備も始まる。
自己PR、自分の長所と短所、今まで学んできたこと、自己分析をしなきゃいけない。
短所は簡単だ。そっけないとか愛想がない、だ。ただ最近は気を付けてるし改善されたと思う。久々に会った母さん曰く「トモちゃんと遊んで表情も柔らかくなったのよ」らしい。
四年生になれば就職活動が本格的になり卒業論文も始まる。
単位はほぼ取り終わり、就活と卒論に時間をかけることになる。
取り組む時間は多く確保できても大変なことには変わりない。インターンや面接の終わりにはクタクタになってしまう。
つらい時も、面接が上手くいかない時もトモがいると思うと頑張れた。
トモは俺の支えだ。
トモとごはんを食べて、風呂に入って、ゆっくり眠る。
そうやって毎日を過ごしていった。
ある日、応募した企業からメールが届いた。
心の準備をしてメールを開く。
「採用……! トモ! 採用だ! 今日はお祝いするぞ!」
「にゃ~!」
「うおっと! あっははは」
トモが勢いよくジャンプして俺の体にしがみつき、よじのぼる。顔に頬ずりをしてくれた。祝ってくれるのか?
ぴょんっと飛び降りれば、白い腹を見せる。撫でていいってことか。遠慮なく思う存分撫でまわした。
その日俺は奮発してステーキ肉を焼き、ビールとともに食い、トモは高級猫缶を食った。
無事卒業論文も書け、口述試験もクリアし、大学卒業を迎えた。
友人たちと、祝いの言葉と思い出を言い合って解散の流れになった。
四年間で友人もでき、いろんなことを学べた。
その思い出の中にはもちろんトモもいる。トモがいたから、佐倉とも仲良くなれたし、そこから交友関係が広がった。
お前は波の時から俺を助けてくれるな。波は俺が人とうまく話せないときに助け船を出してくれた。
トモは俺に会話の話題をくれた。受験や面接、卒論などのつらい時期も側にいて支えてくれた。
帰宅し、トモに食事をやる。
「大学卒業だ。トモのおかげで充実してたよ。ありがとな」
トモはご飯に夢中だ。
「お前が猫になって五年か」
しみじみとした気分になる。
「俺はもう社会人になんだよ。あっという間だったな」
「にゃあ」
あっという間だったが濃い五年間だった。これから仕事で忙しくなるだろうが、今までのような日常がずっと続くように、俺は願うのだった。
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