第6話 卒業
俺が高校三年を迎え、トモは成猫になった。
出会った頃はまん丸でほわほわで小さかったが、今では体も大きくなり、すらりとした体つきになった。
性格は特に変わらない。相変わらず俺の参考書の上に乗り、俺の邪魔をするのが好きらしい。デカくなった分、机の占有率が上がり、机の面積をだいぶ持っていかれる。すごく邪魔だ。
受験勉強に本腰を入れなければならないのに。
「受験勉強させてくれ。落ちたら困る。後で遊んでやるから。な?」
トモは不服そうにどいた。
この頃俺は少し不安だった。
志望校はレベルが高く勉強の方法も手探りだ。苦手な古文はさっぱりわからない。
波はどの教科も得意だったから、いつもわからないところを教えてもらっていた。今はトモにどういうことか聞いても何も答えてはくれない。
勉強を始めて数時間経った。
「腹減ったな」
頭を使ったので糖分が欲しい。
キッチンへ行き冷蔵庫を開ける。
おっ、苺がある。母さんの『食べてね』というメモが貼られている。
赤くてつやつや、形の良いそれを摘まんで口に入れた。甘酸っぱくて疲れが和らぐ。
「にゃ~」
トモも台所にやってきた。
「お前も食うか?」
「にゃっ!」
トモの口元に苺を持っていくとトモは一回舐めて目を輝かせた。そのまま小さな舌を出して舐めだす。
苺の表面が舐めとられ白くなっていく。
「トモ、美味いか?」
「にゃっ」
トモの満足げな顔を見て、疲れも不安も吹き飛び、自然と口角が上がっていた。
それから時が経つのは早いもので、無事に大学に合格した。
その大学は家から少し遠く、一人暮らしをすることになった。
トモと離れたくない、トモにも付いてきて欲しい。
「トモ、付いてきてくれるか?」
「にゃ~ん」
トモが俺の体によじ登る。肩に乗り、俺の顔にトモが顔をすりすりする。これは承諾ということだろうな。こういう時トモはきちんと答えてくれる。
父さんに「『責任は取る』って言ったから俺が連れて行って世話をする。俺が飼いたいって言ったのに実家に残すわけにいかない」と言ったら、どうやら父さんに好感を持ってもらえたらしく、仕送りを多めに送ってくれると言ってくれた。
一人暮らしが決まったところで、荷物をまとめたりと準備が始まった。
あわただしく日々は過ぎて、ついに迎えた卒業式。
桜が舞うには少し早く、肌寒い。
俺の隣に波はいない。
俺たちの学年は一人欠けたまま卒業することになった。
切ないのは寒さのせいだろうか、高校生活が終わるからだろうか。
「ただいま」
俺のベッドでゴロゴロしているトモが「にゃー」と返事をする。
「今日は卒業式だったんだぞ」
ベッドに寝転がり、トモを胸の上に載せる。最初に出会った頃よりだいぶ重くなった。
トモは頭を擦り付けてくる。
もう着ることのない学ランだ。どれだけ毛がついても構わない。
これからはこの家を離れ二人で暮らすことになる。
二人で暮らすなんて同棲みたいだ。
「なぁ、トモ。俺たち恋人ってことにしていいか?」
「にゃ!」
返事をしたな? 俺は都合よく解釈するぞ?
「二人暮らし、がんばろうな」
「にゃ~!」
引っ越しの日が来た。トモも俺も慣れるために入学の日より前に余裕をもって転居する。
この日、トモは大人しくキャリーに入った。やはりこちらの言うことや、やることを理解しているように見える。
父さんの車で新居へ向かう。その間トモは大人しくしていた。
すでにいろんな手続きも家電も運んでいるから、後は俺とトモとトモ用の家具だけだった。
新居について、トモの家具を配置し父さんと母さんと別れた。
「トモちゃんに何かあったらいつでも連絡して。すぐ行くから! たまにはご飯とか食べに来なさいよ。健康にも気を付けて」
「羽目を外さんようにな」
一人暮らしだとトモに何かあった時が心配だが、母さんが助けてくれるから心強い。
「うん、ありがとう」
俺たちの新居はペット可の1K。近くに動物病院もある。部屋にキャットタワーも設置した。
片付けも済んだのでトモを部屋に出す。
少し落ち着かない様子でうろうろしていたが、すぐにくつろぎ始めた。良かったと安心する。
そのあと、大学の予定などを確認していたら夜になった。
「さ、飯にすっか」
トモには引っ越しで苦労を掛けたので少し豪華にしてやった。
はぐはぐと食いつきも良い。ストレスで何か不調が出るかと心配したが杞憂だったようだ。むしろ拍子抜けするぐらいだ。
そんな俺の夕食はカップ麺だった。
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