第5話 家族とトモ

「トモ、どいてくれ。学校に行けねぇだろ」

 トモは俺の通学鞄に入り、開口部から顔を覗かせている。丸く大きな瞳で見つめてくるのが可愛いが、遅刻するので掴んで鞄から出す。

 みょーんと体が伸びる。猫は液体と聞くが本当に液体みたいだ。


 トモはいたずらっ子でよく俺の邪魔をする。

 ベッドに寝転んで本を読めば俺の背を踏む。課題をしようとノートを開けばトモが机に乗りノートの上を歩き回る。

「おい、邪魔だ」

 あろうことかノートの真ん中に座りノートを隠してしまう。まだ小さな体だが開いたノートにすっぽり収まり、課題の邪魔をするのには十分だ。


「課題が出来ねーだろ!」

 トモは聞く耳を持たず伸びをした。

 その可愛い耳は飾りか。仕方ないので俺に向いている腹を撫でてやる。もふもふとした手触りが心地よい。

 撫でまくってトモは満足げな顔をしたが、どく気配はないらしい。

「えぇい! どけ!」

 ぺいっとノートからはがして課題に取り掛かった。


 その最中もトモは、またやってきてノートの端をてしてしと叩く。

「なぁ、答え教えてくれよ」

 顔をプイっと背けた。しっぽを揺らしノートを遮る。

 答えは教えてくれないし、勉強にも集中させてくれる気もないらしい。

 いったん中断してトモの黒の混じった肉球を揉むことにした。




 学校へ行っている間は母さんが面倒を見てくれるのだが、

「トモちゃん、とっても大人しくていい子ね〜。料理をしてる時にトモちゃんが猫じゃらし持ってくるんだけど、ちゃんと作業が終わるのを待ってくれるのよ」


 トモが? 大人しい? 俺の課題を邪魔し、朝の忙しいときに猫じゃらしを持ってきて、にゃーにゃーにゃーにゃー鳴いてるトモが? ちなみに俺はトモの可愛さに負け、少しだけと言いつつ相手をして痛い目を見る。何度遅刻しそうになったことか。

 トモとよくおもちゃで遊ぶのだが、猫じゃらしを振るとトモは走ってぴょんぴょんと跳ねて獲物を追う。その姿は見ていて飽きない。トモが満足するまで遊んでやる。


 話がそれた。閑話休題。


 とにかくトモは元気いっぱいで、いたずらもよくして俺を振り回す。そんなトモが大人しいなんて信じられない。

 部屋に戻り、トモがベッドでくつろいでいる。

 俺に気づいてすり寄ってきた。トモを撫でながら言う。

「この猫かぶりめ」

 トモは猫だからこの表現は正しくないか? しかし、人間が猫になったのなら猫かぶりでもいいのではないだろうか。


 ということは、トモが素の姿を見せるのは俺の前だけということか。トモがわがままを言うのも、ちょっかいを出してくるのも、俺にだけ。

 それなら悪い気はしない。振り回されてやろうじゃないか。



 

 トモは病院でも大人しい。顔は嫌々という不満気たっぷりだが、じっとして診察を終える。

「トモ君大人しいですねー」

「いや、キャリーに入れる前は大暴れしてたんすよ」

 そう、トモは「病院に行くぞ」と言ったとたん、ぴゃーっと逃げた。油断した。

 いたずらでも本当にしてはいけない事はしないから、トモに必要な事である病院も大人しく付いてきてくれると思っていた。そんなに嫌がるとは思わなかった。そこをどうにか捕まえ病院へ連れてきたというわけだ。

 帰ったらご褒美におやつやるからな。




 自由気ままなトモと楽しく過ごしてはいるが俺は高校二年の学生だ。

 休日にはオープンキャンパスに出かける。

 そろそろ進路について考えないといけない。

 進学したらトモはどうなる? 実家から通うなら問題ないが、一人暮らしするとなったら?


 そうなったら、連れていく。

 トモと一緒にいたいから。




 家に帰るとトタトタとトモの足音がする。

 音のするリビングに向かうと父さんが猫じゃらしを振ってトモと遊んでいた。


 父さんからなんだか楽しそうなオーラが出ている。


 いつも仏頂面の父さんが! トモに興味なさそうだったのに。

 母さんが言っていた「お父さんも猫ちゃんと遊びたいわよねぇ」は本当だったのか。


 トモは俺に気づくと、すすっとこっちにやってきた。

 どことなく「やれやれ、遊びに付き合ってやるのも大変だぜ」というような表情をしていた。


「……おかえり」

「ただいま……」

 トモに飽きられた父さんと目が合い、なんとなく気まずい空気が流れる。

「トモ君は元気でよろしい。お前も昔はあんな風にやんちゃでな……お前に似たのか」

「俺は関係ないだろ」

 ごまかし方が下手か。

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