第3話 数週間後
波と思われる猫が来て数週間経った。
徐々に波を育てるための設備を急ごしらえの物から波に合わせたものにし、今ではだいぶ揃った。
波の予防接種等も済ませ、必要な事を済ませた頃には俺の今月と来月のこづかい、今まで貯めていたお年玉も全部消えてしまった。
その原因となっている本人、いや本猫か? は、俺があわただしく準備を整え、片付けや家具の移動をしてる間も、のびのびとくつろいでいた。
今ではずっと前からいました、という顔で我が家を歩いている。
来た当初から警戒することもなく、ケージの中でスヤスヤと眠っていた。猫になる前からよく俺の家に遊びに来ていたからだろうか。
ケージの扉を開いたらあっさり出てきたし、落ち着いた様子で家を歩き始めたのだ。
波は聞き分けがよく、しつけにも手がかからなかった。
母さんも「手のかからない子ね〜」とびっくりしていた。
粗相もしないし、家具を傷つけることもない。物わかりが良すぎる。元が人間だからだろうか。
ただ俺には別で、俺の鞄を踏みつけたり、猫パンチをしたりする。じゃれあえばかぷかぷと噛みついてくる。母さんにはそんなことしないので明確に俺だけを狙っている。
元が人なら意志の疎通はできないだろうか? 最初会った時の「波か?」という問いには答えてくれた。
今でもたまに人間のような受け答えをする時がある。
しかし、はっきりと波の言うことがわかったのはあの時だけだ。
今では、はっきり波だとわかるような動きはしない。
丁度歩いてる波がいるので、「こっち来い」と手招きした。彼は素直にこちらに寄ってくる。そこを抱き上げた。
「お前は波か?」
こてん、と顔をかしげる。その仕草が可愛い。
「波じゃない?」
のんきにあくびをする。
俺の言葉がわかっているのかいないのか。最初のようにはっきりと答えてくれなかった。
それなら。
波の前に五十音を書いた紙を置く。
こっくりさんの要領で答えてもらえないだろうか。
「お前は波か?」
波は、てしっと「は」のところに手を置いた。
ドキッとしたが「ひ」や「ま」のあたりも、てしてしと叩き始めた。
「質問を変えよう。今の俺の家に不満はないか?」
そう聞いても、波は気にせずぺちぺちと紙を適当に叩く。
結局波の考えは何もわからなかった。
完全に猫になったのか?
今でも波は当然学校には現れない。
高校生が行方不明になったと、地域のニュースにもなり、近所を騒がせた。優等生だと評判だったから学校中でも騒ぎになり噂になった。
波といつも一緒にいた俺はクラスメートや先生から何か知らないかと聞かれた。波の両親も訪ねてきた。
波は猫になった、とも言えずに「知らない」としか言えなかった。
人間が猫になったなんて誰が信じる? 飼い主探しで猫の写真を友人にも見せたが、誰も「波に似てる」とは言わなかった。
事実を言って不謹慎な冗談だととらえられる可能性の方が高い。
心苦しいが知らないふりしかできなかった。
「ただいま」
「にゃ~」
玄関のドアを開けるといつも波がちょこんと座って出迎えてくれる。
靴を脱いで家に上がれば寄ってきて脚にすりすりと甘えてくる。「可愛いな」と言い、撫でてやり母さんに「着替えてきなさい」と言われるまでがセットだ。
着替えを済ませると波が俺の部屋に入ってきた。
かがんで頭をなでる。
「クラスのやつもお前の両親もすげえ心配してたぞ」
母親の顔はやつれてて、見ているこちらがつらくなる。
「なぁ、なんで俺のところに来たんだ?」
のど元を撫でればゴロゴロと喉を鳴らす。
波は気にする様子もなく、満足げに毛づくろいを始めていた。
少しくらい気にしてやったらどうだ。
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