第4話『コートに宿る記憶』

 体育館に響き渡るボールの音、シューズの擦れる音。鶫高校バレーボール部のメンバーは、金鋼鉄高校との激闘を終え、新たな決意を胸に練習に打ち込んでいた。


 南城の冷静な声が指示を出し、海輝は真剣な眼差しで映像を見返している。そして翔斗は、スパイクの精度を磨きながらも、チーム全体の動きを意識していた。あの完膚なきまでの敗北から、何かを学び取ろうと必死だった。


(……あの時、もう少しこうしていれば……)


 金鋼鉄高校との試合を思い返す翔斗の脳裏には、相手の鉄壁のディフェンスと、あと一歩及ばなかった悔しさが鮮明に残っていた。特に、相手エース、神聖玲央の冷静な分析力と、的確なブロックは、翔斗にとって大きな壁として立ちはだかった。ただ力任せに打つだけでは、あの強固な壁は絶対に越えられない。


「翔斗、どうかしたか?集中して!」


 海輝の声に、翔斗はハッと我に返る。


「ああ、大丈夫だ。」


 そう答えたものの、翔斗の心には、拭い切れない課題が残っていた。相手のブロックをどう崩すか。その答えを見つけられず、練習後、翔斗は一人、体育館に残って自主練習を始めた。ネットに向かい、様々な角度からスパイクを打ち込む。だが、どうしても金鋼鉄高校のブロックのイメージが頭から離れない。


 その時、体育館の入り口に、意外な人物が現れた。


「まだ練習していたのか、翔斗。」


 声の主は、バレー部顧問の女性教師だった。


「先生……」


「金鋼鉄高校との試合、少し見たわ。君のスパイクは確かにすごい。でも、ただ速いだけでは、壁は越えられない。バレーは、もっと頭を使うスポーツよ。」


 先生の言葉に、翔斗は思わず顔を上げた。


「かつて、うちの学校にも、君のように強烈なスパイクを持つ選手がいたわ。でも、彼が本当にすごかったのは、その力を自在に操るセッターとしての戦術眼だった。強烈なスパイクと、予測不能なトリッキーなプレーで、相手を翻弄ほんろうするセッター兼アタッカーがね。」


 先生の言葉は、翔斗の心に小さな波紋を広げた。


【 セ ッ タ ー 兼 ア タ ッ カ ー 】


(……セッター兼アタッカー……?)



 その夜、翔斗は自室で、先生の言葉を思い出していた。祖父との会話の中で、祖父がかつて翔斗に「お前には、誰にも真似できない『』がある」と言っていたことを思い出す。佐藤監督も、翔斗のボールに対する反応と体の使い方に、同じような「間」を感じ取っていた。


(……『間』……ただボールを強く打つことじゃない。タイミングにあるのか……)


 金鋼鉄戦での敗北は、純粋な実力差だけでなく、戦術と分析力の差でもあった。この壁を越えるには、自分自身の役割を変える必要がある。自分の天性の「間」の才能を、スパイクの威力だけでなく、トスのコントロールに活かすことだ。翔斗の中で、いくつかの点が線で繋がり始めた。


 翌日の練習から、翔斗はセッターとしての練習にも積極的に取り組むようになった。海輝にトスの基本を教わりながら、アタッカーとしての視点も忘れずに、様々な体勢からのトスを試していく。最初は戸惑うことも多かったが、持ち前の運動神経と、無意識に身についていた「間」の感覚が、徐々にセッターとしての才能を開花させていく。


 そんな中、鶫高校バレーボール部に、新たな動きがあった。夏休み明けの練習試合の依頼が、県内でも勢いのある強豪校、美虎びこ学園から舞い込んできたのだ。


「美虎学園……確か、爆発的な攻撃力を持つカリスマチームだったな。」


 海輝が、対戦相手の情報を集めながら呟く。金鋼鉄高校との守備的なチームとの対戦を経て、今度は攻撃的なチームとの対戦が決まった。翔斗たちにとって、それは新たな試練であり、成長の機会だった。


(……美虎学園か。今度こそ、自分たちの力を試してみたい。)


 翔斗の胸には、金鋼鉄高校との試合の悔しさと、新たな挑戦への期待が入り混じっていた。失われた翼は、セッターという新たな役割を通して、再び輝きを増そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る