急降下する爆弾

成野淳司

第1話 始まり 壊す全て

 おれは、死のうとしていた。


 若い子からすれば、おじさんと呼ばれておかしくない年齢。その無職。働きたくない。生きていたくない。漠然としているが、この無気力は生きながらにして死んでいるといってもいいだろう。そんな中途半端な状態なら、はっきりと死んでも構わないはずだ。


 おれは今、生涯最後となるであろう食事を摂っていた。時刻は午後六時ごろ。少し早いかもしれないが、これがおれの最後の晩餐。


 選んだ一つは、子供のころから慣れ親しんでいる、とある普通の価格のカップ麺だ。これまで、いくつものカップ麺が世に生まれてきた。ラーメン屋に行った方がいいんじゃないかという価格のカップ麺もあるし、実際に美味いのだが、おれにとっての一番は、やはりこのカップ麺なのだ。お金がないからでは、断じてない。思い出補正上等。おれは思い出も含めて味わえる。


 そして、ご飯だ。日本人ならお米は欠かせない。おっと、お米が嫌いな人もいるから、主語を大きくして一括りにするなと、今ならお叱りを受けるかもしれない。おれだ。おれに欠かせない。白米が大好きだ。大嫌いで大好きだ。解説するなら、お米が大好き過ぎるがゆえに、お米の炊き方次第で大嫌いにも大好きにもなるということだ。もちろん、おれの炊き方に抜かりはない。


 ラーメンとご飯。ラーメンライスというセットメニューでもあるが、炭水化物同士の組み合わせに意を唱える者もいるだろう。だが、濃い味のラーメンであれば、十分それをおかずにご飯も進むというもの。特にカップ麺は、持論ではあるが濃い味が多い。組み合わせの相性は抜群といえよう。そう、おれが選んだこのカップ麺も。


 ささやかながら、梅干しも用意した。ラーメンライスについて熱く語ったが、やはり炭水化物同士のミスマッチもないことはない。強いて言うなら、ラーメンはラーメンで食べたい気持ちもあるということだ。ラーメンライスとして半分。あとはラーメン単独としてお召し上がりたい。しかし、そうなるとご飯が余る。いや、お米大好きのおれからすれば、ご飯のみでも食せないことはない。ないが、物足りなさは否定できない。そこで、梅干しだ。梅干し一粒で三合はいける。さすがに今回は自重したがな。


 野菜がないことが気になる? 今まではちゃんと健康のために食べていたんだ。だが、最後くらい食べなくてもいいだろう?


 食を進める。美味すぎる。これが最後の晩餐か。一食抜いてお腹を空かせた甲斐があった。

 ちなみにだが、空腹状態は多く食べられそうと思うがそれは間違いだ。多く食べるのなら、抜かさずにちゃんと食べた方がいい。食べていないと胃は収縮し、すぐには戻らないからだ。今では確立された考え方であるが、おれが学生時代のころはそんな情報はなかった。だが、おれは自身の体験でそれを実感していた。水分は楽になるどころか苦しくなることも。知人たちとは意見の相違があったが、あいつらは空腹時からの勢いのある食事と、水分を摂った瞬間だけにあるスッキリとした気分で錯覚していたのだろう。


 勝ったのは、おれだ。


 何をかは分からない。空しくなるのでやめよう。知人たちとの話のために、大食いの秘訣を語ったわけではないのだから。その理由は、おれが苦しいくらいにお腹いっぱいになってしまったからだ。まだ、少し残っているのに。だが、最後の晩餐は、いや、いつだって食事は残さない。お米の一粒まで。農家さんに、お米に関わる全ての人たちに申し訳が立たない。そして、おれの信念への誓いのために。


 食べきった……。しかし、動けない。くっ、予定では、食事後すぐにこのワンルームの部屋を出て死ににいくはずだったのに、これでは予定変更も止むを得ない。

 とりあえず、なんとかぎりぎり動ける範囲として、使った皿くらいは洗っておこう。これから死ぬのに洗うのかって? 立つ鳥、跡を濁さずっていうだろう? おれがこの部屋で死のうとしないのも同じ理由だ。大家の大屋さんを始め、様々な人に迷惑をかけるわけにはいかない。


 その後、何とか皿を洗ったおれは、部屋に横になった。

 そして、苦しいと思う辛さも少しずつ楽になっていって、気がつけば眠ってしまっていた。

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