第2話

 シャム猫は美しい少女を連れて出ていくようだ。

 あの少女の尖りきり禍々しい嗜好を知ってもなお、私の頭の中の花畑が枯れきることはなかった。そこで私もついて行く意を表明した。

「待ってくれ、私も」

 そそくさとカウンターを出ようとする私に、シャム猫は掌を向け制止させた。

「君は謂わば物語のカメラだ。そんな君が無鉄砲についてきてみろ、読者に残虐的かつ醜悪的な描写お届けすることになってしまう。センシティブという規制で読者をふるいにかけることは、君の望むところでもないだろう?」

 いったい何を言っているのだ、コイツは。

「私はそんな役回りを請け負った覚えはない!」

「君はいつだって損な役回りさ。どうせなんの取り柄もなく、何もできないんだ。損な君が神から与えられたチャンスだよ。さぁ、片時も欠かすことなく語り続けろカタリ君」

「勝手に私を生き地獄のような業(カルマ)で縛るな。おまえのような人間は多様性という名の潮流に淘汰されてしまえ!」

 私が渾身の力を振り絞り、異議を唱えたのも束の間、シャム猫が長い嘆息を被せてきた。

「はぁ。外を見てみろカタリ君。人間が好きなように好きに生きる。見咎められずにありのままで。まさに多様性だよ」

「それは偏屈だ!」

「いいや、事実だ。なんの歪曲もさせず、言葉の意味をそのまま汲み取った事実だ」

 クッ。

 返す言葉もなく、意気消沈である。

 2人を追う気力は、私にはもうなかった。

 役回りか……。


 ガシャン!


   ・


 さて、2人は行ってしまったし、他にやることもない。

 要するに暇なわけだ。

 シャム猫の言うことに甘んじるのは癪だが、こちらも暇を持て余している手前、語ってあげようか。


 君たちが知りたいことはなんだい?


 この物語にはライバルとなる人物が登場するのか?か。

 オーケー。私を主人公(語り手)と仮定した場合、勿論それは忌々しいシャム猫になる。しかし、アイツのことはいけ好かないが、この喫茶店における立派な客寄せパンダであることもまた事実。だから一概に敵とは言えないんだ。

 不本意だが、私たち2人をチームとした場合、それは杉下という警官になる。杉下はブルドッグを人間に擬態させたような見た目をしている。身長も190センチ越えと巨漢で、日夜問わず機動隊用の装備と散弾銃を携帯し、厳しい顔つきで、私たちの様子にお伺いを立てている。こちらが面映ゆくなるほどに。


 何故そんな男にマークされることになったのか、って?

 それは1年前まで遡る。喫茶店に22歳の男性が現れた。身長も気も小さい小心者だった。そんな彼はシャム猫にこう言った。

「暗殺されたいんです。気づかれず、そして大胆に」

 自己暗殺性愛。オートアサシノフィリア。というものらしい。

 暗殺なのに、大胆に、というところに大きな矛盾を感じるのだが、シャム猫は「任せろ」と息巻き胸を叩いた。

 シャム猫はまず、どうせ死ぬだろうと言い、徴収した依頼人の全財産をちらつかせ、その辺でくたばりかけているホームレスを漁港の廃倉庫に5人集めた。そして殺人があると警官に電話をかけ、駆けつけた警官が廃倉庫に入ったのを確認するや否や、隠れていたシャム猫が外側からかんぬきを嵌めた。

 これで依頼主合わせて、合計7人が廃倉庫の中に閉じ込められるという密室が完成した。

 夜、暗くなったのを見計らい、依頼主があらかじめ用意しておいたナイフで自殺する。傍には、これもあらかじめ用意しておいた殺人を仄めかすダイイングメッセージだ。

 ここであなた方は思ったろう?これは自殺であって暗殺ではないと。

 私だってそう思ったさ。

 けれど、シャム猫の偏屈には敵わない。

 シャム猫はこう言った。

「暗殺にしてしまえばいいじゃないか。誰も気づかず、そして大胆に、誰かに殺された。それは完璧な暗殺として処理され後世に残る。嘘というのは気づかれない内はずっと本当だ。いつまで経っても改訂が終わらない歴史の教科書のようにね」

 3日後、当時何も知らされていなかった私は、親切心という動機で、シャム猫から指示された廃倉庫のかんぬきを抜いた。すると、中から血まみれの警官が1人出てくるじゃないか。私はたいそう驚き、腰を抜かしたものだ。

 ここで注目する点は廃倉庫から出てきたのが1人だけだった、という点だ。

 これが私たちと杉下との、血で血を洗う因縁の始まりだ。

 あぁ、そうそう。杉下は今出張中だから近い内は姿を見ることができないはずだ。まぁ、お楽しみということで。


 次はどんなことが知りたい?

 「輪っか」に行く方法は?か。

 オーケー。「輪っか内」に行くためには、ストローと呼ばれる巨大エレベーターを通らなければならない。

 かつて、日本には3つ設置されていたが、何度目かの大地震の末、1つは四国とともに太平洋に沈んだ。

 ストローへ赴けば、誰でも「輪っか内」に行けるわけではない。選別がある。

 選別とは、知能や体力、性格などを数値化したもので、それを満たした常人にしかその門は開かれない。

 逆に言うと、悲しい話だが、今地面に残っている私たちは常人の資質を備えていないと宣告され、足切りされた者たちである。

 それと、基本「輪っか内」へは片道切符だ。その理由は、下界から変な病を楽園へ待ち込まないように、というものらしい。たまに「輪っか内」のお偉いさんが視察と称し、姿を見せることはあるが。


  ・


 カランカランカランッ。ガシャン!

 ドアの方へ目をやると、シャム猫が満足そうな笑みを浮かべていた。

「終わったのか?」

「あぁ、詩織ちゃんも満足して帰っていったよ」

 詩織ちゃんというのか、あの美しい少女は。

 そしてこの男、なんて気持ちの良さそうな顔をしているのだ。

「どこに行ってたんだよ。かれこれ3時間経つじゃないか?」

 本当にカニバリズムを解決させたのか?

 その3時間でこんなに清々しい顔になれるのか?

 センシティブってグロの方じゃなくて、エロの方じゃないのか?

 このシャム猫が、あの僕の心を射止めた詩織ちゃんと、あんなことやこんなことをしていたという可能性、そしてその3時間という空白への蓋然性を考慮してしまうと、私は煩悶し、落ち着かなくなる。

「なあに、散歩だよ」

 散歩?三歩?三報?

 そんな単調な解答で、はいそうですか、と引き下がれるわけがあるまい。

「何処へ?」

「なんだよ。今回は随分食いつくじゃないか?」

「あの純粋無垢で社会の何も、知らないような女の子が君に騙されるのが気に食わないんだ」

 嘘ではない。

「面倒くさいな。人を食べさせたんだ!」

「おい!どこのどいつをだよ?」

「渚さん」

 あぁ、なんてことを!

 コイツは、このシャム猫は、その辺でのたれ死んでいるおっさんではなく、わざわざ常連客、24歳女性を呼び出し食べさせたのか?

「おい!なんて勝手なことをするんだ。私の大事な常連だぞ。ただでさえこの店は傾いているんだ、経営に影響が出てしまう!」

「君のじゃない。僕の常連だよ。占いのおまけにコーヒーを頼んでいるだけだろう。君へのそれはおこぼれと言うんだ」

 はぁ、これまでおこぼれながら、経営を支えてくれた彼女を追悼しよう。

 違う!そうじゃない!

「何故わざわざ彼女を?」

 シャム猫はスツールに腰掛けて、人差し指を自分の方に向かって縦に振った。

 これはコーヒーを出せの合図だ。

「カニバリズムというのは、本来美しいものなんだ。それをおっさんで済ますというのは野暮だろう。どうせ食べるなら鮮度がいい方がいい」

 美しいわけがないじゃないか。

 世間一般的にはグロテスクと言い、不快感を示し、忌み嫌われるはずだ。

「本来は美しい?理解に苦しむよ」

 そう言い、私はコーヒーを出してやった。

「愛の美しさを知らないカタリ君に、親切に教えてやろう」

 コーヒーをひと口飲むと、シャム猫は続けた。

「人間は愛し合うと、抱きつき、キスをし、性行為(姦通)をする。つまり愛する人間と一つになろうとするんだ。けれどそんなの気休め、実際には一つになれない。しかし、食べればどうだ。その人物の血となり骨となる。本当の意味で一つになる。それが愛さ。美しいだろう?」

 シャム猫はこれでもかとばかりに口角を上げた。

 その顔は猫がトカゲなどの獲物(遊び相手)を見つけた時の高揚した表情によく似ていた。

 詭弁だ。

 詭弁だと分かっているが、核心を突かれたような、そんな気がした。

 この男に呑み込まれるような。

「猫もどき……」

「猫の何が分かる、君如きに」


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狂った世界でも生きますか 再亜未いず @saiamizu

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