第6話 白城蛍。

7月の補習は問題なく終わる。

問題があるとしたら、出席日数の面での補習で、勉強に関しては2回目なので補習の必要がない事だ。


それは先生も感じているので、小テストを終わらせて帰り支度をしながら、「8月の補習っていります?」と聞くと、先生だけではなく宮城光からも「いるって」と言われてしまい、補習の出席がきまる。

宮城光の場合、俺の有無が帰り時間に直結するからだろうが、生々しい奴だと思った。


「あ、でも8月の24の補習は休ませてくださいね」

「験?なんかあるの?」

「定期検診。術後の数値とか見られるんだ。まあ無いだろうけど、数値が悪かったら再発で検査入院だね」


物凄い表情で「それってすぐにわかるの?」と聞いてくる宮城光。


「死んじゃうような時はすぐに連絡が来るらしいけど、そうじゃなかったら31日に結果を聞きに行くんだ。だから31は元々補習無いけど、あったらそこも休んでいたよ」


そう説明をすると、「キチンと連絡してよね」と言われた。



・・・



とりあえずこれで夏休み後半も補習になった俺は、仕方ないと諦めてアルバイトを探す。

とにかく巡と出かけるにしても金がない。

高校2年の日々を前の時のように沢山巡との時間に使いたい。

なのに今のままの財政状況だと10月にある巡の誕生日すら満足に出来なくなる。


俺は学校と家の間でファミレスのバイトを見つけた。

とにかく人不足の店で、軒先のつり広告のような「短期バイトOK」すら本当で、短期バイトでもいいと言われていて、面接の時には「うん。採用。とりあえず気に入って続きそうだったら教えてよ」と店長から言われた。

後は念の為にと続けて手術後の話をして、「検査とか行かなきゃいけないので、その休みは許してください」と言っても採用された。


今更なのは母親で、小遣いは入院費で消えたから働けと言っていたが、8月のカレンダーに書かれた「バイト」、「検査」、「検査結果」の並びを見て心細くなったのか、「やっぱりお小遣い増やしてあげるから、バイト辞めてもいいのよ?」なんて、余命宣告をされた後みたいな顔で、始める前に言い出していた。


「働くよ。欲しい物とか出来た時に甘えられないしさ」

「…痛かったり変だと思ったらすぐに辞めなさいよ」


そんな心配をされたが、折角のファミレスのバイトを辞める気はなかった。

とても楽しい。

混んでいる時の一体感は、一度死んだ身からすると新鮮で楽しかった。

生きて皆と働いていると思うと嬉しくて、忙しさにヘトヘトになるが頑張れた。


バイトを始めて1週間が過ぎて、カレンダーがお盆休みに入ろうとした時、昼から夕方の中継ぎとして働く日、更衣室に入ったら人が入っていて、一瞬だが背中が見えてしまった。


悲鳴に即謝って外で待つと、出てきたのは白城さん。

ネームプレートには「白城」としか書かれていないが、スケジュールなんかを見ると白城蛍しらき ほたるさんと書かれている。


「君ねぇ」と更衣室から出てきた白城さんは、「まあ、施錠しなかった私も悪いけど」と言っていて、俺が必死に謝ると、笑いながら「背中だから平気。あ、高校一年生には刺激的だったかな?」と言われた。


別に自慢する気なんかないが、巡と肌を重ねた事のある俺からしたら、巡ではない裸に驚きも何もない。


だが今は謝る。

謝り倒す。


「あはは、もういいって。早く着替えて店出ようよ」


俺は最後にもう一度頭を下げて、更衣室に入ってシャツを脱いだところで、白城さんは「お返し!」と言って扉を開ける。


俺は見られても困らない。

困るものはない。

だが、背中には小さくない傷。

大久保先生は確実なものにしたいと言って大きめに切ってくれた。


退院してから父さんに写真を撮ってもらったが、嫌な人は見たら気分を害する。

なので体育の時もコッソリと着替えている。


何も言えない俺も悪いが、それよりも「傷…」と呟いた白城さんは、すぐに「やだ!ごめんなさい!!」と謝ってくれた。


「別に気にしないでくださいね。それよりも嫌なものを見せてごめんなさい」


更衣室の中から謝ると、小さく「そんな事ない。ごめんなさい」と謝られた。

仕事中は良かったのだが、終わるともう一度白城さんから謝られた。


「別に気にしないでください」

「気にするよ。いつの?痛くないの?」

「もう痛くないですよ。GWに手術しました」


「それ、そんなに切るって大変な病気だったの?」

「はい。早期で助かりましたけど、手遅れになるとどうしようもない奴です」


その返しが良くなかった事に気づかなかった。

とにかく明るく話して、白城さんの心配を取り除こうとしたら、「そんな」と言って口元に手を当ててしまう。


それからは「痛かったら言ってよ!重たいものは私が持つからね!」なんて常に心配されてしまう。


「白城さん…、それじゃあお荷物になっちゃいますって」

「大丈夫だよ。高城くんはキチンとその2本の手で働けてるよ!」


そういう問題ではないんだけどなぁ…。


俺はガッツリと働きたいわけでもないが、かと言って休みたいわけでもない。

そして素人の初心者という事で、ランチやディナーではなく、中継ぎで重宝されている。

1日4時間週5日。


そうなると白城さんと帰り時間が被ることが多い。


後から来て一緒に帰る。

なんか申し訳なくなるが、それこそ「時間自由、好きな時間に働けます」なので、変に負い目を感じる必要はない。


お盆でヘトヘトの中、帰りが同じなのと、賄いを食べる時間でもない事で、白城さんから「少し話そうよ」と誘われた。


「時間ない?約束とかある?」

「いえ、帰ってメシ食って寝るだけですよ」

「ならお茶してよ」

「んー…」


お茶の誘いは別にいい。

今日だけでも、4000円稼いでいる。

問題はそれ以外だ。


「迷惑?」


恐る恐る聞いてくる白城さんに、「白城さんはお茶に行っても『それ飲んで平気?』とか聞いてきそうで…」と答える。


「仕方ないじゃない!心配なのよ!」と真っ赤になって言う白城さんに笑わないように気をつけて、「まあ暴飲暴食には気をつけてます。あまり摂らない方がいいものもありますけど、少しなら問題ありません」と説明してから「行きます」と言った。

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