第5話 禁止カード。
アイスカフェオレを頼んで着席すると横には宮城光。
まあモデルと並ぶと、自分の残念さが際立つが、それが普通でそれが庶民。
ガラスに反射する自分と宮城光を見て、芸人のトーク番組に呼ばれたモデルのゲストさんと芸人の並びを思い出してしまった。
話は他愛もないものだったが、宮城光は俺の手術や病気について知りたがり、話は仕事の大変さに変わり、仕事と学校の両立が難しい話になる。
「その病気って放っておいたらどうなったの?」
「死んでたよ」
簡単に言わないと、あの日々を思い出して生々しい話で怖がらせてしまう。
なので簡単に結論だけを伝えると、宮城光は「え?冗談だよね?」と聞き返してきた。
「ううん。本当だよ。最初は背中の痛みはたまにちょっとチリチリって感じで痛むんだ。それの間隔と強さが悪化してきて、あり得ない痛みに倒れてから病院に行くと、その頃には手遅れ。余命宣告をされる。俺はたまたま変だなって気付いて病院に行ったから運良く助かったんだ」
実際には一度死んだから、場所はわかっていた。
何が起きるか知っている。
緩和ケア、終末医療。
周りの穏やかな空気と、手放しに優しい空気感の中、今がいつなのかも考えられなくなって死んでいく。
「痛み…、知ってるの?」
「あ、いや。病院に行った時のでも痛くてさ、場所が良かったんじゃないかな。悪かったら酷くなるまで痛みもわからない。詳しいのは手術までの間に調べたんだ」
宮城光は「そっか、験が無事で良かったよ」と言うとアイスティーで喉を潤す。
「もうならないの?」
「わかんない。これからも検査に行くよ」
「結果教えてよ」
「無事なら教える。悪くて死ぬ時なんて言いたくないよ」
言いたくない。
巡に言って、先生には親が先に言って、友達には言いたくなかったけど言うしかなくて、検査の日に先生から話してあったからまだマシだったが、言うたびに助からない事、死ぬ事を再認識してるみたいで嫌だった。
「…それって、悪くなるの?」
「わからないよ。どうしたの?」
「験が死ぬのは嫌だから」
「ありがとう。良かったら言うよ。悪いと人に言うたびに再認識するみたいで嫌なんだ」
宮城光は少し納得をして「ん…わかった」と言って俺のカフェオレを見る。
「カフェオレにしたかったの?」
「本当は、でも体型の事とかあるから無糖のアイスティーなの」
「ひと口くらい平気じゃない?」
「ひと口ならね。でも一杯は本当に後に響くんだよね」
モデルさんは本当に大変だ。今もカフェオレを見る宮城光を見ながら、意識した…思い出した死を気を紛らわしたかった事もある。
断られると思って「飲む?ひと口なら平気なんだよね?」と聞くと、宮城光は顔を赤くしながら、「飲む」と言って俺のストローでひと口飲むと、「甘くて美味しい」と本当に嬉しそうに言った。
間接キス、それも宮城光とで驚いてしまうが、それは恋愛対象と意識してではない。あの有名人との間接キスで驚いてしまう。
俺は驚きを誤魔化すように「それは良かった」と言うと、宮城光はアイスティーを向けてきて、「験も飲んで」と言う。
照れに照れたが、断りきれずにひと口飲むと、「よし、貸し借りなし」と宮城光は笑った。
その顔は前の時に見た宮城光の写真とは違っていた。
仕事の愚痴は仕方ない事だが、聞いていて信じられないと思った。
「知らなかったけど、聞けば納得だ」
「皆そう言うよ。夏前に水着の写真を出すためには、まだ皆が長袖とか冬服を着てるのにプールで水着とか、今なら冬服でコートを着て、寒そうな顔をして写真に写るんだよ」
「なんか世界っていろんな人の努力で成り立ってるんだ」
「何それ、大人の人みたい」
「病気になって少し考え方が変わったからかな?こうしていても歳を取ったら死ぬんだ。だから皆がやれる事をやっていて、特別な仕事の人たちは努力してくれている。そう思ってる」
宮城光は俺の顔をジッと見て「病気の話されると何も返せなくなるよ。禁止カードね」と言った。
聞いていると、モデルは母親が応募をしてやる事になり、学校は父親が普通の学校に行って欲しいと言ったところから始まっていた。
「両立は無理じゃないかな?まだまだ仕事も選べる立場にないし、冬休みも春休みも補習で、これが3年も続くとか考えたくない」
「ん…、宮城には悪いかもだけど、頑張って欲しいかな」
すごく嫌そうに「なんで?」と聞き返す宮城光。
「俺はあのまま手術出来なければ、手遅れになって3年の頃には死んでる。何も出来ず、何も成せず、もっとやりたい事があったはず。今までの、何も知らずに生きてきた事、無駄にした人生を悔やんだはず。そんな俺からしたら、宮城の生活は想像もできないくらい大変でも輝いていて羨ましいよ」
言った後で「って、想像だけどね」と言って誤魔化す。
「だからズルい。禁止カード」
そう言った宮城光は、「輝いてる?」と聞き返す。
「滅茶苦茶ね。で、それは宮城だから出来ているんだよ」
そうじゃなければ2年の俺の耳にも、宮城が学校を辞めた話も入って来なかったし、巡が持ってた本にも宮城は居た。
両立はできていた。
宮城光は少しだけ小さく唸ると「わかった。頑張る」と言った。
「その代わり辛くなったら愚痴聞いて。連絡先交換もして。検査結果は毎回教えて」
「そうだね。俺も…俺の身体は頑張ってるから教えるよ」
メッセージのID交換を済ませると、「そろそろ帰るよ。また明日ね」と言って宮城光は帰って行った。
歩く姿すら様になっている宮城光。
あんな美人と何時間も話をして間接キスまでしたと思ったら今更だがものすごく照れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます