悪女の否定
ルーシーは怒りで頬をふくらませながら、指をクレイグに突きつけた。
「あなたがブライアン様を脅していたことも、シルヴィ様とセリーヌ様がレノー家の領地に監禁されたことも、レノー家の騎士たちが備品をちょろまかしたのも、証言はあるのに証拠はないと言って言い逃れしていますね! テオバルト様の裁判の時は、証言だけで娼婦に貢いだことを決めつけたくせに!」
「そっそうよ、その通りだわ!」
「テオバルト様が冤罪だったことは、筆跡鑑定でわかりました! ブライアン様の言う通り、偽造されたものだったのです!」
「えー、傍聴人は発言ができません。座ってください」
裁判官がルーシーをなだめようとするが、貴族たちはルーシーを後押しした。こんな面白いことを逃してはならないというように。
「では、私もそっちへ行きます! はい、証拠!」
ルーシーは傍聴席からおりて、分厚い紙の束を裁判官へ渡した。
「これは私が所属する新聞社が、5年にわたってアデルを追ってきたまとめです! 個人がずっと書いてきた日記も証拠になるのなら、これも証拠になりますよね? 握りつぶされて新聞に載せられませんでしたけど!」
「そんなに前から私のことを追っていたの!?」
「はい! アデルを追っていた記者は悔しさのあまり泣き叫び、自費でいいから新聞にしようとアデルの記事だけを載せた新聞を作りました!」
「なっ、何が書いてあるの!?」
「アデルが引きこもっている間に不自然に出た悪女の噂と、それを流した人物についてです! 5年前から印刷会社に持ち込んでいるので、調べればすぐに裏が取れますよ!」
「ま、待って、変なことは書いていないわよね? ね?」
「…………えへっ!」
「いやああぁあぁあ!!」
崩れ落ちるアデルの前で、裁判官はルーシーから渡された新聞を読んでいく。
そこには、断れないお茶会に行ってはいじめられるアデルと、その裏で広がる悪女の噂についてかなり詳細に書いてあった。
「これは……悪女ではない証拠になりえる」
裁判官はすぐに印刷会社に確認するように指示を出した。その間に傍聴席に配られた新聞を、貴族たちは面白そうに、あるいは青ざめて読んだ。
アデルの評判を貶めた者たちも、傍聴席にたくさんいたからだ。
「裁判官、こちらも提出していいですか」
「エリオット!」
「俺もルーシーも、アデル嬢が悪女なのは嘘だって知っています。アデル嬢のために何か出来ないかみんなで考えて、これの存在を知ったんです」
「そっ、それはもしかして……!」
「嫌がっているし、やめてあげたらどうだ?」
アデルを心配するフリをして証拠の提出をやめさせようとしたクレイグの前で、裁判官へ箱が渡される。エリオットが持ってきた箱はそれなりに大きく、何個もあった。
「毎日アデル嬢が何をしたかの報告書です。誰のお茶会に行ったか、そこで何を言われたかなども詳細に書かれているので、新聞と合わせれば十分に証拠になると思います」
報告書にはアデルのへこんだ一日や、テオバルトに懸想して花占いをしたことまで書いてある。しかも花占いでは失恋していた。
「やっ、やめよう? ねっ? ねっ!?」
「これを提出します! ごめんアデル嬢!」
報告書もルーシーが提出してくれた新聞も、アデルが悪女ではない証拠だ。
これがあれば、クレイグがアデルの風評被害を利用した「アデルの性格が悪いからすべてを仕組んだ」という主張を退けることができる。
……いつの間にか、この場で焦っているのはアデルと敵であるクレイグだけという、不思議な空間になっていた。
裁判官がアデルの報告書を読み終え、印刷会社の確認がとれた頃、テオバルトは静かに挙手した。
「裁判官、俺も発言させてください」
「……いいだろう。テオバルト・ヴァレリーに発言の許可を与える」
「ありがとうございます。クレイグは、アデルが俺を助けるためにブライアン公爵とクレイグを犯人にしたと言いました。理由は、アデルが俺を手に入れるための手段を問わない悪女だから。ですが今、それは違うと証明されました」
「アデル・クレールが悪女であることは否定された」
報告書を読み終えたクレイグが、勢いよく頭を上げた。
「たとえ悪女ではなくとも、ブライアンを操っていたのはアデル・クレールだ! 一度騎士団からテオバルトを追放し、アデルが自作自演で救って恩人となるために!」
「……俺は前回の裁判で、何も知らされていなかった。突然軟禁され、数日後に裁判所に連れていかれた。俺の冤罪の証拠はすべて揃っていた」
冷ややかでありながら煮えたぎるほどの憎悪を浮かべたテオバルトの視線が、クレイグの動きを止めた。
「その時”これが捏造だというのならその証拠を出せ”と言われた。その言葉をそっくりお返ししよう。ブライアンはクレイグ・レノーに脅されていたと自供し、アデルは俺の冤罪を晴らすための証拠をそろえた。アデルがすべての黒幕だと言うのなら、その証拠を出せ!!」
テオバルトの憎悪がこもった声がビリビリと響き、静まり返る。テオバルトの気迫が裁判所を支配していた。
「俺が実力で騎士団長になるためにアデルが何もしないでいてくれたことも、ソランジュ嬢と婚約を結んだ時にさりげなく助けてくれたことも、すべて報告書に書いてある! アデルなら自作自演などしなくても普通に婚約できた! それをしなかったのは、お前のように悪意でアデルを貶める噂を垂れ流す愚か者がいるからだ!」
「テオバルト様……」
(こんなふうにテオバルト様が絶対的な味方になってくれるなんて、少し前までは考えられなかった……)
テオバルトの言葉ひとつひとつが、アデルの心を満たしていく。
本当に、泣きたくなるほど嬉しい言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます