乱入者
(ついに、ここまできたわ……! テオバルト様が騎士団から追放されてから、ようやくここまで!)
アデルは気を引き締めてクレイグを睨んだが、クレイグは冷静さを取り戻していた。落ち着き払って、こんな場所に引っ張り出されて迷惑だとばかりに顔をしかめている。
短く刈られた髪を手でなでつけたクレイグが、困惑した声を出した。
「ブライアン・カンテの発言でここに立つことになったのだが、私には覚えがない。監禁されていたというシルヴィ夫人とセリーヌ嬢は、私の姿を見たのか?」
「いいえ、見ておりません。ですがレノー家の紋章をつけた騎士たちを見たと言っています。おふたりは衰弱して立ち上がれないので、本日ここには来ておりません」
「私を犯人だと思わせるための誰かの仕業だろう? レノー家の家紋など、複製しようと思えばできる」
「では、なぜレノー家の土地におふたりが?」
「それは私こそ問いたい。レノー家の領地にいれば、必然的に私が悪になってしまう。なぜそんなことをしなければならない?」
「地元民も滅多に入らない険しい山の中ならば、見つからないと思ったのでは?」
「それは私ではない犯人がそう考えたということか」
「シルヴィ夫人とセリーヌ嬢がいたのは王都です。遠くのレノー家の領地に行くまでの間に、監禁に適した場所はいくらでもあります。移動時間が長くなると見つかる可能性が高くなるのに、わざわざレノー家の山に監禁したのは何故でしょうね。土地勘があるレノー家の者ならではの考えでは?」
アデルは、シルヴィとセリーヌ直筆のサイン入りの証言を提出した。寝込んでいるので裁判に行くことはできないという医者の診断書付きだ。
クレイグは考えるそぶりを見せながら、ゆっくりと顎をなでた。
「レノー家の紋章をつけた何者かが、我が家の領地にシルヴィ夫人とセリーヌ嬢を監禁したと主張しているが、その証拠は?」
「シルヴィ様とセリーヌ様の証言と、救出に行ったテオバルト様とクレール家の護衛の証言ですわ」
シルヴィとセリーヌを見張っていた騎士は捕らえてあるが、黙秘を貫いていて何も聞けなかった。
「証言のみ、か。テオバルトが娼婦に貢いだというが、前回の裁判で証言した娼婦や商人はどこに?」
「おりません。前回の裁判以降、行方不明になっています」
「なんと、それは」
途端に傍聴人たちが小声で話し、クレイグは痛ましいことを聞いたように顔を伏せた。
「証人がいないのでは仕方がない。備品を受け取り納品数を確認していたのはレノー家の騎士だと言っていたが、元々騎士団はレノー家出身が非常に多い。偶然とは言いきれないだろうが……差配したのはテオバルトでは?」
「ええ。レノー家の者を信用していたら、こうなりました」
「人員配置したテオバルトは一切関わっていないと? 信じられないな」
「それが真実ですわ」
クレイグは大きく両腕を広げ、裁判官と傍聴人に訴えるように話し出した。
「アデル・クレールは、どうしても私を罪人に仕立てあげたいようだ。テオバルトが本当に金銭を横領していないかは知らないが、それはブライアン・カンテが語るだろう。前回の裁判で証言した者はすべて消え、私がブライアンを脅していたという証拠はまったくない! シルヴィ夫人とセリーヌ嬢の監禁にも証拠がなく、誰かが私に罪をなすりつけようとしたのではないか?
そう……例えば、アデル・クレールが婚約者を助けるために!」
傍聴席からの熱気がぶわりと膨れ、悪意となってアデルに襲いかかった。
(大丈夫……こうなるかもしれないと覚悟していたわ。だって私は嫌われ者の悪女ですもの)
裁判官が静かにするように言うが、アデルへの悪意はおさまらない。
「そうだ、本当はアデル・クレールがやったんだ!」
「横領した婚約者を助けるために、ブライアンとクレイグを犯人にしたんだ!」
「なんてやつだ!」
「アデル・クレールですもの、やりかねないわ!」
唇を噛みしめたテオバルトの握りしめた手から、ゆっくりと血がにじむ。怒りのあまりテオバルトの爪が分厚い皮膚を突き破ったのだ。
テオバルトが耐えきれずアデルを庇う言葉を口にする直前、裁判所の扉が開いた。紙を持った青年が、息せき切って走り込んでくる。
「筆跡鑑定の結果が出ました!」
「結果は?」
「テオバルト・ヴァレリーの筆跡と違いました! 決算書はすべてテオバルトが書いたものではありません!」
「すべて筆跡が違う? ……ブライアン・カンテはテオバルトに冤罪をかけたと自白した。テオバルト・ヴァレリーは金銭を横領したのでは、ない?」
「それは、」
「その通りです!」
クレイグの言葉にかぶせ、アデルはよく通る声ではっきりと言いきった。
「テオバルト様は横領などしていません! クレイグ・レノーはブライアン様を脅した証拠はないとおっしゃいましたが、ブライアン様の事情聴取はまだ終わっていませんわ!」
「悪女の言葉など信じるわけがない」
「悪女などという言葉でごまかさないでください!」
「その通りです!!」
「え、誰? なに?」
突然割って入った声に素で驚いてしまったアデルの目に、傍聴席で立ち上がったルーシーの姿が見えた。
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