クレイグ・レノーの混乱

 クレイグ・レノーは混乱していた。


 すべて順風満帆だったのにどうしてこうなっているのだ。



 憎きテオバルトが騎士団から追放され、レノー家は再び権力を取り戻すことができた。

 シリルを騎士団長にさせたが、意外とそれなりに働いた。シリルは文官になりたいと望む愚かで出来損ないの息子だったが、傀儡なので操りやすかった。

 やけに裁判に関心があるので今日は家に監禁してきたが、連れてきてテオバルト・ヴァレリーが再起不能になるのを見せるのもよかったかもしれない。



 アデル・クレールがテオバルトの婚約者になった時は心底悔しかった。

 テオバルトが平民になればすぐに殺せたものを……!


 アデルはテオバルトの冤罪を晴らすと息まいていたが、こちらはブライアンを意のままに操れる。ブライアンが理路整然とテオバルトが横領したことを主張すれば、再び裁判をしても敗訴するに違いない。

 監禁している妻と娘をブライアンが見殺しにしないかだけが賭けだったが、私は勝った。ブライアンは、私の頭脳に屈したのだ。



 ――そう思っていたのに。




「私が脅されていたのはクレイグ・レノーだ」

「嘘だっ! ブライアンは嘘をついているっ!!」



 クレイグは強く椅子を叩いて立ち上がり、殺気のこもった目でブライアンを睨みつけた。その目は、妻と娘がどうなってもいいのかと脅している。



「自分の発言に責任が持てるのか!? ブライアン!」

「ああ。私はクレイグ・レノー、貴様に脅されている」

「貴様っ、よくも……!!」

「クレイグは私の妻と娘をさらい、レノー家の領地へと連れ去った」

「黙れ!!」

「無事に返してほしければテオバルト・ヴァレリーを騎士団から追い出せと言われ、私は冤罪をかけることを思いついた」



 この裁判が開かれると知ってから、クレイグは領地の騎士に連絡を取った。

 すでに人質は解放され、見張りの騎士は殺されたり懐柔されているのでは? と懸念を抱いたが杞憂に終わった。


 信頼できる者がシルヴィとセリーヌが監禁されていることを確認してきた。見張りの騎士も変わりない。


(まだシルヴィとセリーヌが私の手中にある。私の言うことを聞かねばならないはずだ)


 そのはずなのに、なぜブライアンは自白を始めたのか? ブライアンの考えが読めず、嫌な予感がじわじわと足元から忍び寄ってくる。



「私はクレイグの脅しに屈してはならず、妻と娘を見殺しにするべきだった。それがカンテ家の婿として、財務署をまとめる者としての義務だった。……だが、できなかった」

「裁判官、このような戯言を真に受ける必要はない!」

「できなかったがゆえにクレイグの脅しに屈した。助けてくれたのはアデル・クレールおよびにテオバルト・ヴァレリーだ」



 注目が一気にアデルとテオバルトへ向けられる。

 突き刺すような注目を一身に浴び、アデルは優雅にお辞儀をしてみせた。



「我がクレール家にて、人質にされたシルヴィ様とセリーヌ様の居場所を探し出しました。監禁されていたのはレノー家の領地にある険しい山の中でした。クレール家が誇る護衛とテオバルト様が二人をお助けし、クレイグ様へお知らせしたのです」

「なんだと!?」



 クレイグは驚き、慌てて表情を取り繕う。

 ほんの5日前まで問題はなかった。見張りの騎士を増やし、昨夜も定時連絡がきた。

 アデルのはったりだとクレイグは笑みで顔をゆがめたが、すぐにそれも消えた。



「おふたりを助けたのはほんの数日前のことです。監禁は極秘のことだったようで、知る者もごくわずか。その者たちすべてを捕らえてあります」

「裁判官、まどわされないでいただきたい。アデル・クレール、テオバルトを助けたいがために私に罪をなすりつけるのはやめてもらおう」



 アデルとクレイグがにらみ合う中、ブライアンは落ち着いた様子で告げた。



「妻と娘に会えた私は、すぐに自害するべきだった。だが裁判にて証言してほしいと言われ、それまでは生きることにした。私のしたことは決して許されない。

ただ、一つだけ皆様の心にとめておいていただきたいことがある。私は婿に入った身、カンテ家の血と積み上げてきたものに関与していない。婿入りしたあとは生家とは連絡を取っていない。すべては私の一存だ」

「ブライアン様……」



 アデルの顔がわずかに歪む。

 テオバルトを助けるために、ブライアンの罪を白日の下にさらすことはわかっていた。アデルはそれをわかっていて人質を助け、ブライアンと交渉した。

 それでも心の中にやりきれない思いが広がっていくアデルに、ブライアンが声をかける。



「私の罪を暴いてテオバルト・ヴァレリーの無実を証明してくれるアデル嬢に、私は心から感謝している」

「……こちらこそ感謝しています。証言していただき、ありがとうございます」

「裁判官、私の証言は以上だ。私は無実のテオバルト・ヴァレリーを陥れるために決算書を偽造した。使った決算書の紙とインクは財務署で使われているものだから、調べればすぐにわかる。私の罪は後ほど裁くとして、今はこの席をクレイグ・レノーに譲るとしよう」



 淡々としていたブライアンがクレイグを見つめた途端、瞳に激しい憎悪の炎が燃え上がった。



「クレイグ・レノー! 私の妻と娘を四か月も監禁し、脅したことは決して許さない! そんな者が騎士になるなど言語道断だ!!」



 空気がビリビリと震える。

 初めてブライアンが感情をあらわにするところを見た傍聴人は驚き、そして考える。


 ――ブライアンがそう言うのなら、本当にクレイグが黒幕なのでは?



 逃げることは許されず、ブライアンの立っていた場所に急遽クレイグ・レノーが立つことになった。




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