裁判の始まり

 その日の午後、多くの人間が注目する裁判が始まった。


 裁判は、金銭の横領をした元騎士団長テオバルト・ヴァレリーの無実を証明するためのもの。こういった理由で二回目の裁判が行われることは珍しかった。また、悪女と名高いアデル・クレールが弁護をするために出廷。

 カミーユ殿下が裁判の後押しをしたこともあり、見にくる貴族も多かった。


 騎士団の勢力図が書き変わるかもしれない。そんな思いで来た貴族たちの前で、アデルは堂々と立っていた。



「これからテオバルト・ヴァレリーの裁判を始める」



 おごそかに裁判官が告げると、さざなみのような話し声がすっと引いていった。

 数メートル離れてテオバルトと対峙するのは、テオバルトが横領をしていると告発したブライアン・カンテ。いつものようにきちんと整えられた四角いあごひげは、やや白いものが混じっていた。



 今からいざ注目の裁判が始まる——その第一声は、裁判官によるテオバルトの罪状を読み上げるところから始まった。


 テオバルトが騎士団へ納品する商人と結託し、金銭を横領。そのお金は娼婦へ貢いだ。

 その期間は一年にも及び、ブライアン・カンテにより告発された。



「以上が、前回の裁判の内容だ。テオバルト・ヴァレリーおよびアデル・クレールは、この罪状が真実ではない証拠を出すように」

「かしこまりました」



 発言するのは、弁護をするアデルの役だ。


(……大丈夫。きちんと準備してきたもの。絶対にテオバルト様を助けるのよ!)



「まずは、皆様に資料をお配りいたします」



 傍聴席にいたサラたちが、裁判官に提出していた資料を傍聴人たちに配っていく。

 レティシアが握りこぶしを振り回し、アランとベルナールが力づけるように大きく頷いたのを見たアデルは、語るように話しはじめた。



「最初に、テオバルト様が娼婦のデボラに入れ込んでいない証拠をお出しします。テオバルト様は休みの日に娼館へ通っていたとデボラが証言しました。ですが娼館へ行ったとされる複数の日に、テオバルト様が騎士団にいたことが目撃されています」

「証人、前へ」



 出てきたのはマキシムだ。アデルが騎士団へ通って心が通じたおかげで、こうして証言してくれる。

 マキシムは軽く頷き、堂々と声を張り上げた。



「私はこの日、テオバルト・ヴァレリーが騎士団の鍛錬場にいるのを目撃しました。時刻は朝から夕食後までです。デボラはこの日は一日中テオバルト・ヴァレリーと一緒にいたと証言しました」

「ほかに証人は?」

「おります」



 複数の証人が出てきて、娼館へ行ったとされる日にテオバルトを見たと証言した。

 テオバルトが金銭横領をした原因は、娼婦へ貢いだことが原因とされている。できるだけ多くの人に証言してもらい、根源から揺さぶるつもりだった。


 最後に出てきたのは、エリオットだった。



「エリオット・オーブリーと申します。医師免許の試験日に、テオバルト・ヴァレリーに護衛してもらいました。試験が終わると家に招いて夕食をご馳走し、そのまま家に泊まってもらいました。娼館へ行ったとされていますが、それは絶対にありえません! 証拠として、我が家の門番が記した記録も一緒に提出します」

「ふむ。わかった、証人は退廷せよ」



 アデルは目線でエリオットにお礼を言い、弁護をつづけた。



「次に、前回の裁判で証拠として出された決算書です。こちらを違う鑑定士に見せたところ、テオバルト・ヴァレリーと筆跡が違うと鑑定されました。

さらに決算書の紙とインクは、騎士団で使用しているものと違っていました。騎士団の決算書に使われているのは、ほかの部署と同じ決算書専用の紙です。インクもずっと支給されているものを使っています。この決算書は捏造されたものです!」



 裁判官はすぐに信用できる鑑定師を呼び、鑑定をするように命じた。


 鑑定の結果が出るまでに、アデルはさらにクレイグ・レノーを追いつめることにした。傍聴席にいるクレイグは怒りで顔を赤らめ、アデルとテオバルトを睨みつけている。



「テオバルト・ヴァレリーは商人と結託して納品数をごまかしていたとありましたが、実際はそんなことは有り得ません。なぜなら、備品や装備を受け取るのも納品数を確認していたのもレノー家の騎士だからです! テオバルト・ヴァレリーは関わっていません!」

「……確かに、資料にもそう書いてある。そして証拠もある。ブライアン・カンテ、反対意見があれば述べるように」



 今まで黙って聞いていたブライアンは、かたく真一文字に結んでいた口をゆっくりと開いた。


 前回の裁判で、テオバルトを有罪にしたのはブライアンだ。

 彼らしい、堅苦しく筋の通った意見が出るのだろう——そう考えた傍聴人の思考をあざ笑うように、ブライアンは思いもよらない発言をした。



「反対意見などない。アデル・クレールの証拠はすべて正しい」



 この場にいる誰もが……裁判官ですら、ブライアンの言葉をすぐに飲み込めなかった。耳が痛いほどの静寂を、裁判官が破る。



「……前回の裁判で証拠を出したのはブライアン・カンテ、貴殿だ。その証拠が捏造だという証拠を、アデル・クレールは提示した。もう一度尋ねる。証拠は正しいと?」

「正しい。私は罪を告白する。テオバルト・ヴァレリーが横領したと捏造し、罪人に仕立て上げた」

「なっ!?」



 滅多なことでは動じない裁判官がうろたえると同時に、法廷も一気に騒がしくなった。



「どういうことだ!?」

「なぜそんなことを……まさか、アデル・クレールのせいか!?」

「あのブライアン・カンテがそんなことをするわけがない!」

「アデル・クレールに脅されているのよ!」



 アデルを糾弾する声が混じるようになり、それを遮るようにブライアンは言葉を続けた。



「私が脅されていたのはクレイグ・レノーだ」



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