その時から、ずっと

「アデル嬢なら、きっと俺の生い立ちも知っているよね?」

「ええ。詳しいことは知りませんが……」

「責めているわけじゃないよ。貴族同士の結婚だから、相手のことを調べるのは当たり前だ。俺は代々文官を輩出しているヴァレリー家の三男に生まれた。家族は厳しいけれど優しくて、文官の仕事を覚えながら剣を振る俺のことを咎めなかった。騎士団に入る時も応援してくれたんだ」



 テオバルトの家を調べた時、家族はお互いよそよそしいと報告を受けた。家族にどう接すればいいのかわからなくて、うまく愛情表現ができない不器用な性格の人間ばかりなのだ。

 冷徹に見える家族の中で、末っ子のテオバルトは明るく振る舞い、家族の仲を取り持とうとしたのだろう。



「騎士団長になれた時は嬉しかったけれど、代々騎士団長を勤めてきたレノー家には目の敵にされた。当たり前だと思ったよ」

「総当たり戦で優勝した者には、騎士団長になる権利が与えられますわ」

「権利は行使することも放棄することも出来る。今まで、騎士団長の座を放棄した者も多くいた。……だけど、だけど俺は諦めたくなかった。文官の出だと馬鹿にされながら自分の実力でつかみ取ったものを手放したくなかった」



 いつも穏やかな声色で話すテオバルトが、今は本音をさらけ出していた。



「ある日突然、説明もなく捕らえられた。数日間貴族牢に軟禁され、出たら裁判所に連れていかれた。誰も俺の言葉を聞いてくれなかった! 俺を悪だと決めつけるためだけの裁判だった!」



 血を吐くような言葉に、アデルは思わずテオバルトを抱きしめた。

 アデルには、テオバルトの苦しみがわからない。同じ状況に置かれても、まったく同じことを感じることはないのだから。

 簡単に理解していると言ってはいけないけれど、それでも、今のテオバルトは一人ではないと伝えたかった。



「いくら言っても、誰も俺を信じてくれなかった。そして、罪人となった。俺は呆然として……裁判所を出たところで、迎えに来てくれた家族が家に連れ帰ってくれた。俺はショックで何も覚えていないけれど、家族は裁判所に入れてもらえなかったそうだ。俺は無実だと訴えた。みんな、当たり前のように無実だと信じてくれた……」

「テオバルト様は、愛されているのですね」

「うん。本当に嬉しいよ。そのあと家族は、俺は貴族のままだと言ってくれた。俺もそうしたかったけれど、ヴァレリー家がどういう扱いをされるか、考えるだけで恐ろしかった。俺が貴族じゃなくなればいいけれど無実だと認めてしまうことになるし、もう二度と騎士になれない。一日に二度も深い絶望を感じて、諦めかけた時……アデル嬢が、婚約を申し出てくれたんだ」



 アデルはその日を思い出し、さっと頬を染めた。

 あの時は無我夢中で、なりふり構っていられなかった。テオバルトの記憶の中でのアデルは、きっと必死すぎる顔をしているだろう。



「ソランジュ・セネヴィル嬢との婚約が、俺の有責で破棄になった直後のことだったね。アラン様と一緒にやってきたアデル嬢は、俺と婚約すると言ってくれた。俺が貴族のままでいることを自分のせいにしてほしい、いまさら悪評がひとつ増えたところで何も変わらないって。俺は絶対に無実で、騎士であるべき人間で、横領と婚約破棄の賠償金もすべて支払うと言ってくれた」

「先触れもなく申し訳ありません、あの日は必死で……」

「謝らなくちゃいけないのは俺だ。アデル嬢がそこまでしてくれたのに、裁判で強烈な裏切りや悪意を一気にぶつけられて……アデル嬢にどうお礼を言ったか、はっきり覚えていないんだ」

「テオバルト様はきちんとお礼を言ってくださいましたわ。その……ちょっぴり泣いておられました」

「えっ」



 テオバルトはまったく覚えていないようで、照れて頬をかいた。アデルを抱く腕に力がこもり、細い体をそっと抱き寄せる。



「アデル嬢とお茶会をしている時、俺の頭はまだ真っ白でふわふわしていた。そんな俺を気遣って、アデル嬢は色々と話を振ってくれたね」

「テオバルト様がとても辛い目に遭っていると知りながら会話をしろだなんて、軽率でした。ずっと謝らなくてはと思っていたんです」

「謝らなくていいよ。アデル嬢の言葉ひとつひとつに、俺への気遣いがあふれていた」



 思い返せばアデルが尋ねていたのは当たり障りのないことだけで、主に自分のことを話していた。

 テオバルトのことを気遣いながらも婚約に浮かれ、ものすごい勢いで空回りしていたことを鮮明に思い出して、羞恥で頭を抱えたくなる。



「そ、そんなことは……決して……」

「俺はそう感じたんだよ。アデル嬢のおかげで、だんだんと景色に色が戻ってきた。俺はアデル嬢が婚約してくれた時から、ずっと感謝し続けているんだよ」

「感謝はもう十分ですわ。私に縛られず、どうぞテオバルト様のお好きな道を進んでくださいませ」

「ありがとう、アデル嬢」



 テオバルトにお礼を言われて嬉しいはずなのに……胸が痛いほど締め付けられる。

 涙が出そうになって下を向いた途端、力強く抱きしめられた。

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