新たな光

「大丈夫ですか、アデル! 怪我は!? 傷は残るんですか!?」

「ごきげんよう、ルーシー。傷はないから大丈夫よ」


 

 半泣きになりながら飛び込んできたルーシーを、アデルはベッドの上で抱きとめた。アデルの体を確認するルーシーを好きにさせてから、落ち着いたところでやんわりと引き離す。

 アデルにかすり傷ひとつないと確認したルーシーは、ようやく涙を拭いた。



「アデルが襲われたと知って、どれだけ驚いて心配したか! 無事でよかった! 新聞社では全員が秘密にすることを誓いましたし、噂にもなっていないので安心してくださいね」

「ありがとう、ルーシー」



 あの日アデルが乗った馬車が襲われたのをいち早く嗅ぎつけたのは、ルーシーが所属する新聞社だった。新聞社全員がアデルの味方をしてくれているので、アデルが襲われたことを隠してくれたようだ。

 万が一これが露見した場合、アデルは二度と外に出られないほどひどい捏造話を広められていただろう。


(いいえ、みんなが頑張ってくれなかったら、きっとそうなっていた……)


 ぞくりとして腕をさすると、ルーシーが背中をさすってくれた。



「今日はもう帰りますね。新聞社のみんなが、アデルは無事かってうるさいから、代表して私が来たんです!」

「私はかすり傷すらないとお伝えしてもらえる? 新聞社へ匿名の贈り物が届くはずだけれど、私からだから安心して受け取って」

「ありがとうございます! 楽しみにしています!」



 アデルを気遣って早々にお暇しようとしたルーシーは、ハッとして振り返った。



「大切なことを言うのを忘れてました! 裁判で証言した人物ですが、全員死んでいました。おそらく裁判の翌日あたりに殺されています」

「予想はしていたけれど……」

「死因は刺し傷。顔は潰されて誰かわからないようにされていましたが、背格好と服装からして、証言した人物で間違いないです」

「刺し傷?」

「おそらく剣です。どの刃物か特定するのは難しいですが……騎士団も、同じサイズの剣を使っています」

「……そう。新聞社の方々にも、お礼を伝えてもらえる? ……くれぐれも、気をつけて」

「はい! 返り討ちにします!」

「気をつけてね?」



 どこまでも明るいルーシーが帰ると、部屋が一気に静かになってしまった。

 ため息をついて、細くてか弱い自分の体を見下ろした。


(まさか、気絶するなんて思わなかったわ……)


 前世も含めての、初めての気絶。いざとなれば逃げなければいけなかったのに、なんて体たらく。

 おそらく気絶したのはコルセットを締めすぎたせいだ。コルセットをきつく締めると呼吸は浅くなり、すぐに息切れする。血が巡っていない感覚がするのだ。


 そのおかげで気絶してしまったが、ドニが作ったコルセットのおかげで助かったのも事実だった。

 アデルが気絶して、馬車の揺れに抵抗できず身を任せていた時に、馬車に突き刺さった矢が服をかすったようだった。矢は服を切り裂いていたが、肌には傷ひとつなかった。

 このコルセットが、スチルで見たアデルの死を防いでくれるはずだ。



「一郎たちのお見舞いに行くわ」

「お供いたします」



 お茶を片付けていたサラに手伝ってもらい、部屋着から着替える。アランも認めたドニのコルセットは、ゆるく締めてもらうことにした。



「サラは本当に休まなくて大丈夫なの?」

「はい。お嬢様のお世話をできないほうが辛いので、おそばにおります」

「ならいいのだけれど……」



 あの時襲ってきた敵は10人以上だったと聞いている。御者をしていたサラは敵を引き離すことを優先し、一郎たちはアデルを守るサラを守るために敵を殲滅した。

 サラはかすり傷程度で、その日のうちに血が止まったと聞いている。アデルも見せてもらったが、紙で切ったような傷だった。

 まだ結婚前のサラの肌に傷が残らないことに安堵しつつ、医療室へと向かった。



「みんな、具合はどう?」



 ベッドから起き上がろうとする3人を手で制し、アデルは椅子に座った。

 先陣を切った一郎は、多くの怪我と引き換えに一番多く敵を倒した。次に重症なのは三郎だ。怪我は少ないが、飛んでくる矢と敵から馬車を守った時の傷が深い。次郎は敵を攪乱しながら戦い、一番傷が多かった。


 命に別状はないと聞いていたが、実際に元気な姿を見ると心底ほっとする。

 アデルの服が破れてしまったことを詫びる3人の手を、アデルは一人ずつ包み込んだ。



「服よりもあなた達のほうがよっぽど大事だわ。襲われた時は怖かったけれど、心配はしていなかったの。だって、一郎と次郎と三郎は強くて、絶対に守ってくれるって知っていたから」



 3人は感激のあまり目を潤ませ、アデルを見つめた。3人にとってアデルは唯一の主で、自分の命より優先すべきもので、傷付きやすく清らかで天使のような魂の持ち主だった。



「3人揃って護衛ができるようになったら出かけましょうね。私の護衛は、一郎と次郎と三郎だから」



 感涙にむせび泣く3人をなだめてから医療室を出たアデルは、もう一度サラに感謝を伝えた。気絶から目覚めた後に伝えたが、なんだかもう一度言いたくなったのだ。

 いつも無表情のサラは、ほんのわずかに口角を上げ、お辞儀することでアデルからの感謝を受け取ってくれた。



「そろそろアラン様とベルナール様がおいでになる時間です」

「あら、じゃあ急いで帰りましょう」



 アデルが襲われたことを知ったアランとベルナールは、当然のごとく怒り狂った。

 どこの誰が相手でも容赦しない。仮に差し向けたのが王ならば反乱を起こす。


 そんな決意と共に溺愛するアデルを狙った相手を探したが、生かしておいた敵は自決し、結局何も得られなかった。誰かが傭兵などに頼んだ形跡もない。

 このレベルの者を十人以上鍛えて雇える貴族はそう多くないが、高位貴族ほど秘密を隠すのがうまい。証拠を掴むのに、予想より難航しているようだった。


 自室へ帰ると、アランとベルナールはまだ来ていなかった。ソファーに座って休むアデルの前に、サラが手紙を持ってくる。

 アデルが留守にしている間にリックがやってきたようだった。アデルに無理をさせたくないからと、話す前に帰ってしまったのを残念に思いながら封を開ける。


 アデルを心配している文の後に、鑑定師に頼んだ結果が記載されていた。



「やったわ、サラ!」



 報告書を読んだアデルは、喜びのあまりサラに抱き着いた。

 報告書には、改ざんされた書類はテオバルトが書いたものではないとハッキリ書いてあった。


 改ざんされていないテオバルト直筆の書類と、改ざんされた書類を預けていたが、改ざんされた書類は何もかも違うという結果が出た。

 紙もインクも、騎士団で使われているものと違う。何より、筆跡がテオバルトのものではなかった。



「これでテオバルト様を救える……! やっと救える……!」



 ゲームでアデルが死ぬまであと二か月。やすやすと死ぬつもりはないが、出来ればその日までに裁判を終わらせたいと思っていた。

 喜びのあまり涙を流すアデルの背を、サラが優しくなでる。


 いつも焦燥に胸を焦がしていたアデルは、この日ようやく安息を得た。

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