悪だと決めつけないで
「アデル嬢を疑って、本当に悪かった!! 俺が間違っていた!」
「え……?」
「最初にアデル嬢が来た時、俺たちはアデル嬢を悪だと決めつけた。騎士ともあろう者が噂に踊らされて、守るべきレディーを罵倒したんだ!」
「それは……仕方ありませんわ。アデル・クレールは悪女ですもの」
「アデル嬢が来たあと、俺たちなりにアデル嬢のことを調べた。そして、アデル嬢との婚約の真実を教えてくれってテオバルト団長へ手紙を送ったんだ。そうしたら、団長が俺たちをアデル嬢に紹介したって返事が来た。アデル嬢は噂とは違う素晴らしい淑女だって」
「テオバルト様が、そんなことを……?」
そういえば、テオバルトにお肉を贈ったお礼を言いに来た時に、ジェラルドたちを気にしていた。あの時は、長らく会えていないジェラルドたちが気がかりなのだと思っていた。
(もしかしてテオバルト様は、私のことを心配してくれていたのかしら……?)
分け隔てないテオバルトの優しさを思い出し、ひとりで納得する。騎士団に忍び込んでいるアデルが見つかることや、騎士団寮の警備の抜けが心配なのだろう。
「おい、お前たちも来いよ!」
ジェラルドが言うと、部屋のクローゼットが開き、中からマキシムとセルジュが出てきた。両目が隠れるほど長い前髪だったマキシムの頭はなぜか刈り上げられ、今日のセルジュは薔薇を持っていなかった。
「僕はセルジュさ! アデル嬢を疑って話を聞かなかったことを心から謝罪する!」
「……本当に、悪かった。いくら謝っても足りない。好きなだけ殴ってくれ」
マキシムとセルジュが、ジェラルドの横で土下座した。3人揃ってアデルの許しを乞うている姿に困惑したが、やがて胸に熱いものがこみ上げてくる。
「……信じて、くださるのですか? 私がテオバルト様をお救いしたいことを」
「信じる!」
「うん」
「信じるとも!」
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
アデルの頬に涙がつたっていく。
アデルを悪女だと思っていたのに、考えを変えてアデルの無実を信じてくれたのは3人が初めてだった。子供のように泣きじゃくりながら、アデルは床に座り込んだ。
貴族令嬢が床に座ったことに驚く3人の手を取り、アデルは泣きながら微笑んだ。
「テオバルト様をお救いしましょう。一緒に、必ず」
騎士の手と違って華奢で白い指は、喜びで震えていた。涙を隠さないアデルは美しく、同時に背筋が寒くなる。
……次にテオバルトと会った時、再会を喜ぶより激怒されるのではという3人の予感は当たっていたのだが、それはもう少し先の話だった。
悪寒を振り払い、ジェラルドが紙の束を渡す。
「これは俺たちがずっと調べていたものだ。月に一度、装備や備品数のチェックをする時や、納品数の確認をする時も、レノー家の息がかかった人間がしていたことがわかった」
「本当ですか!?」
「本当に横領していたのは、団長じゃなくてレノー家ってことだ」
カミーユ殿下から渡された証拠品の書類には、そこまで詳しく書かれていなかった。裁判でも、そこは取り上げていなかったはずだ。
「テオバルト団長が娼館へ行ったとされている日の、騎士団での目撃情報もまとめてある。複数日あるから信憑性があるはずだ」
目撃証言にはそれぞれ署名してあり、裁判に出せるようにしてあった。震える手で、アデルは何度も何度もお礼を言った。
「本当にありがとうございます……! 目撃した方は、裁判で証言していただけるのですか?」
「ああ。みんな団長の無実を信じている」
「よろしければ、その方たちとジェラルド様たちを保護させていただけませんか? 以前テオバルト様の裁判で証言した人たちは、みんな行方不明になっているんです」
「……いや、やめておく。アデル嬢が来る前から俺たちはテオバルト団長のために動いてきた。今消えれば必要以上に探られ、アデル嬢がここへ来たことも突き止められる。裁判まで今まで通りに動き、直前になったら頼らせてもらう」
「話を通しておきますので、クレール家でもクレール商会でも、お好きなほうへお越しください」
ジェラルドと話し終えたアデルは、ずっと黙っていたマキシムとセルジュを見て驚いた。
マキシムはずっと後悔しているとわかる顔で俯いていて、セルジュは薔薇を口にくわえさせられていた。うるさいセルジュの口封じをするための薔薇は、トゲがついたままだ。
「セルジュ様、怪我をしてしまいます!」
「セルジュだよ! アデル嬢の心の痛みと比べたら、これくらい!」
「アデル嬢を傷付けた僕たちには、まだ軽すぎる罰だ」
「……私を信じてくださっただけで、本当に嬉しいですわ」
セルジュの口からそっと薔薇を取り、アデルは微笑んだ。サラからハンカチを受け取って薔薇を包む。
「テオバルト様へお渡ししておきますわ。みなさまは元気だったとお伝えいたします」
廊下に誰もいないことを確認して部屋から出ようとしたアデルの背を、マキシムの言葉が追いかけた。
「……シリル・レノーを悪だと決めつけないで」
「え?」
振り返ったアデルの目の前でドアが閉まる。最後に見たマキシムは、どこか泣きそうな顔をしていた。
騎士団寮を後にしたアデルは、マキシムの言葉の意味を考えていた。
シリル・レノーを悪だと決めつけないで、か……。
父のクレイグに脅されて悪事に手を染めたということだろうか? もっと別の意味がある気がするが、シリルと会ったことのないアデルは人となりもよくわからない。
「きゃあっ!」
突然、馬車がスピードを上げた。
家門が入っていないお忍び用の馬車は小さく、大通り以外を走ると言っていた。馬車は小路とは思えないスピードで走り、舗装されていない道の揺れがアデルを襲う。
「お嬢様、伏せて何かに掴まってください!」
一郎の声に、アデルは椅子に伏せた。次郎と三郎が乗った馬が離れる音と、サラが必死に馬を速く走らせる声。
ガキンという鋭い音が聞こえ、アデルの血の気が引いた。
……みんなが、誰かと剣で戦っている。
言われた通り、アデルは様子を窺うこともせずに伏せたままでいた。戦う訓練をしていないアデルが出ていっても足手まといになるだけだ。
それに、サラと護衛の3人を信じている。4人とも強いから、どんな敵が相手でも負けないはずだ。
そう信じているのに、体の震えが止まらない。
「っお嬢様! ドアから離れてください!」
次郎の声と共に、射られた矢が馬車を貫通した。
複数のうめき声と狂ったような笑い声、高いところから人が地面に落ちたような音。傷を負った三郎の苦痛の声。サラのくぐもった声と一郎の雄たけび。
次々と馬車を突き抜けてくる、大きくて太い矢はアデルの目前に迫り——あまりの恐怖に、アデルは意識を失った。
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