きっと諦めるから
寒いけれど澄んだ冬の空気の下、アデルとテオバルトは街へ出かけていた。前回のように気まずい雰囲気ではなく、なごやかで明るい空気が漂っている。
外に出てもテオバルトの雰囲気が変わらないことに、アデルはホッとした。前はどうしてテオバルトの機嫌が悪くなったのか、よくわからないままだったからだ。
「アデル嬢が一緒だと、散歩も楽しいよ。休憩したくなったらいつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
パーティーでの出来事を気遣って、テオバルトはアデルをデートに誘ってくれた。
あのパーティーの後フェイユ家の評判は落ちたが、それと同時にアデルの悪評も静かに広がっていった。アデルが今までしてきた悪事をイネス・フェイユが暴いたばかりに没落させられている、という噂だ。
フェイユ家は随分とクレール家に借金があったようだ。
クレール商会は最先端のものを取り扱う。ドレスやアクセサリー、茶器やお菓子にいたるまでクレール商会で際限なく買い、支払えない分はツケにしていた。
アデルのことを嫌っているくせにクレール商会で買い物をするのかと思うところはあったが、見栄っ張りな親子はこの国で一番新しいものに囲まれていたかったのだろう。
イネス・フェイユとその母デルフィーヌ・フェイユが悪意を持ってアデルの根も葉もないうわさを広めた行為は、アデルへ莫大な賠償金を支払うことで決着がついた。
賠償金と今までのツケを一斉に取り立て、フェイユ家は使用人すら大量に解雇したと聞いている。
テオバルトの冤罪について知っていることがあれば減額してもよかったのだが、結局イネスは何も知らなかった。愚直なテオバルトは横領なんてしないから冤罪だろうと、そう考えただけのようだった。
今まで以上に悪女に仕立て上げられたアデルは、貴族がよく行くデートスポットに行きたくなかった。
アランとベルナールがアデルの噂を否定して情報操作をしているが、人は信じたいものを信じる生き物だ。アデルの悪事を信じている人がたくさんいるだろう。
その思いを汲み、テオバルトは下町へ連れてきてくれたのだ。
(まあ、ここへ来た主な理由は別だけれど……)
見慣れない街並みの中、そろそろだと見回したアデルは目的の店を見つけた。
「あのお店、可愛いですわ」
「本当だ。入ってみようか」
青い屋根の小さな店は、ゲームで何度も見た。ヒロインであるレティシアが住んでいるパン屋だ。
パンが焼けるいい香りが漂い、昼食時を過ぎたのに客が出入りしている。調べた通り、なかなかの人気店のようだ。
「あの……よければ先にテオバルト様が様子を見てきてくれませんか? 私のことを知っている人がいたらと思うと、入りづらくて……。だけど、可愛いお店だから出来れば行ってみたいんです」
「アデル嬢がそう望むのなら」
やや駆け足でテオバルトが去ると、離れていた護衛3人が側に来た。一郎に「一人にしてほしい」と頼むと、3人は心配そうな顔をしながらも少し離れてくれた。
ぼんやりとパン屋を見つめる。平民で流れているアデルの噂を調べるように頼んだから、テオバルトはしばらく帰ってこないはずだ。
テオバルトはヒロインとの再会を驚きながら喜んで、二人の仲は深まっていくだろう。
ずきりと胸が痛む。
自分からテオバルトとレティシアが仲良くなるように仕向けたのだから悲しむ権利はないのに、苦しみが胸を突き刺してくる。
「うっ、うぅ……!」
痛いほど手を握りしめて下を向いたアデルの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
テオバルトと一緒にいて彼をもっと知るたびに、もっとテオバルトを好きになっていく。勘違いしてはいけない、いつか婚約破棄すべきだとわかっているのに、テオバルトに惹かれてしまう。
もしかしてテオバルトも少しずつ好きになってくれているのではと思うたびに、自らをオジサンと言って線を引くテオバルトに現実を突きつけられているのに。
「あのー、大丈夫か?」
控えめにかけられた言葉に、反射的に顔を上げる。そこには、アデルの涙にぎょっとしている男の子がいた。
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