予想外の出来事

 おいしい料理を食べながら、アデルはなかなか満足していた。

 予想通りアデルへの視線は厳しいものが多かったが、そのぶんテオバルトは同情されていた。前のテオバルトは犯罪者という扱いだったが、今はその敵意がアデルに向けられている。

 敵意と同情のどちらがマシかは人によるだろうが、テオバルトが冤罪をかけられたのではないかという疑問があるのはいいことだった。


 アデルがケーキを食べていると、会場に華やかな音楽が響いた。主役のお出ましのようだ。

 陛下と皇后を先頭に、パーティーの主役であり乙女ゲームの攻略対象のカミーユ・アダン、その後ろを弟のジュリアン・アダンが歩いていく。


 確かジュリアン・アダンも攻略対象だったはずだが、テオバルトに一途すぎるアデルは、攻略対象を全員覚えていなかった。

 陛下が長々とした祝辞を述べ、カミーユもそれに続く。真面目な顔を維持しながら、アデルは退屈で仕方がなかった。


 クレール伯爵家は、王族からあまりよく思われていない。知らないところで王家の秘密を握っているかもしれない上に、王族以上のお金を持っているからだ。

 味方になればこの上なく心強いが、一歩間違えれば王家ですら取り込まれてしまう。


(……あ。だから私をいじめるイネス・フェイユを放置していたのかしら。少しでもクレール家に味方する家が減って、隙が出来るように)


 カミーユを祝うパーティーなのに、王族への不満が募っていきそうだ。

 ようやく終わった話に拍手をして、アデルはさっそくケーキの続きを食べ始めた。




・・・・




 それはパーティーも半ば終わった頃のことだった。

 王家への挨拶も終わり、アランとベルナールの話も重要なことは終わったというので、帰ろうかと考えている時のことだった。

 さっきまで側にいて、悪意からアデルを守っていたテオバルトも、誰かに呼ばれて離れていった。先に馬車へ戻っていようとしたアデルの前に、誰かが立ちふさがる。



「と、突然申し訳ありません……」



 折れそうなほど細い令嬢が、震えながらアデルの前に立っていた。青白い顔は怯えていて、細く下がった眉がいっそう儚く感じさせる。

 釣り目がちなアデルの前にいると、まるでアデルがいじめているように見えた。


(ソランジュ・セネヴィル……!?)


 テオバルトの元婚約者が、アデルの前で震えていた。


 文官のヴァレリー家でひとりだけ騎士を目指したテオバルトは、長らく婚約者はいなかった。一年前に騎士団長となった時、今後のテオバルトの活躍を見越して結ばれたのが、セネヴィル家の一人娘ソランジュとの縁談だった。

 テオバルトとソランジュの仲は悪くなかったと聞いている。貴族の婚約らしく適切な距離を保ち、結婚式は二年後に決まっていた。


(テオバルト様が有罪になった途端、婚約破棄をしたのよね……)


 テオバルト有責での婚約破棄で、そのお金はクレール家が肩代わりしている。


 ゲームではソランジュの存在は明かされなかっため、婚約していたか定かではない。

 肝心なのは、ここはゲームではなく現実であることと、なぜかソランジュに声をかけられたことだ。



「アデル様にお話がありますので、き、来ていただけませんか……?」

「ここで聞きますわ」

「そんな……」



 ソランジュの瞳が潤む。その途端にアデルを非難する甲高い声が上がったが、アデルは白けるばかりだった。

 話を聞かないと言ったわけではなく、場所を変えないと言っただけだ。なのにこんなに言われる筋合いはない。アデルは堂々とソランジュを見つめた。


 引きこもりをやめてから、アデルにはショックなことがたくさんあった。傷付くたびに立ち上がり、前世の経験もプラスされ、強くなった気がする。

 以前ならばおとなしくソランジュの後をついていったであろうアデルの反撃に、ソランジュが助けを求めるようにイネスを見た。


(なるほど、イネス・フェイユが黒幕なのね)



「も、申し訳ありません、アデル様!」



 突然ソランジュに腕を引かれ、アデルは転びそうになりながら歩き出した。この日のために作った靴は履きなれておらず、意外とソランジュが力強いこともあって止まれない。



「ソランジュ様、どうなさったの!? 止まってちょうだい!」

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

「うっ、力強い……!」



 滅多に運動しないアデルの抵抗は弱いが、アデルの腕を掴むソランジュは力強い。

 助けが来ないままパーティー会場を出て休憩室へ入ると、ソランジュは何度も頭を下げた。



「本当に、本当に申し訳ありません……!」



 アデルをソファに座らせたソランジュは、置いてあったワインのコルクを抜くと、自分のドレスにかけた。

 薔薇色の綺麗なドレスに隠しきれないシミができると、ソランジュはすすり泣きながらもう一度謝罪し、ドアに向かって歩き出した。


(これって……もしかして、小説でよくあるワインをドレスにかけるやつ!?)



「ま、待って……!」



 ソファから立ち上がるが、慌てたせいで足がもつれる。テーブルの横に倒れ込んだアデルの耳に、聞きなれた声が聞こえた。



「ふふっ、まさかあのアデル・クレールが無様に床に倒れているなんて!」

「イネス・フェイユ……!?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る