君が一番なのに

「親父さん様のご自慢の品があまりにも素敵で、つい見入ってしまいました。ごめんなさい」

「どうぞドニと呼んでください。貴族様に謝られるのは慣れていないんで、勘弁してください」



 ドニは困惑しながら、ガラガラした声でアデルに「好きなだけ見てください」と告げた。悪名高いアデルが相手でも、自分の作り上げたものをこんなにキラキラした目で見られると気分がいい。



「本日は依頼にまいりましたの」

「あー……そうですか」



 返事を濁したドニは、ちらっとテオバルトを見た。

 下町と呼ばれるこの一帯には鍛冶屋が多くあり、騎士団にも武器をおろしている。優しいテオバルトは鍛冶屋にも好かれていて、アデルがテオバルトを手に入れるために騎士団を追い出したという噂が広まっていた。



「親父さん、アデル嬢は俺の恩人なんだ。危ないところを救ってくれて、今も俺のために尽力してくれている」

「……そう、なのか」

「もしアデル嬢が噂通りの人だったら、親父さんの体はすでに真っ二つのはずだ。だけどアデル嬢は許してくれている」

「……確かに、その通りだ」

「アデル嬢は心が広いけれど繊細なレディーなんだよ」



 サラと護衛の3人も深く頷いているのを見て、アデルは慌てた。何だか、アデルがすごくいい人みたいに言われている。

 ドニはアデルに向きなおり、深く頭を下げた。



「失礼をお許しください」

「頭を上げてください。失礼なことなんて心当たりがありませんわ。それでも心苦しいとおっしゃるのなら、依頼を受けてくださる?」

「……誠心誠意作らせていただきます」



 頭を下げたままのドニを見て、アデルの心がちくりと痛む。

 アデルにこう言われたら断れないのを知っていて、あえてそう言った。花祭りまであと三か月半しかない。できるだけ早く自分の身を守りたかった。



「無理を言ってごめんなさい。だけど、どうしても欲しいものがあるの」

「なんでしょう?」

「矢が突き刺さってもいいような胸当てがほしいの。コルセットのようにつけられたらもっといいんだけれど」

「ふうむ……薄く丈夫にということですか?」

「ええ」



 この世界に銃はない。飛び道具は矢が一般的だ。さすがに槍を投げられたらおしまいだが、矢なら防げる。

 スチルでは、アデルの胸が真っ赤に染まっていた。どこが傷つけられるかわからないので、上半身をがっちり守ってしまいたい。


 ドニの知識は確かなもので、アデルの要望を聞きながら次々に案を出して言った。



「……これならすぐに作れると思います。試作品ができましたらお送りいたします」

「お願いします」



 頭を下げたドニに見送られ、鍛冶屋を後にする。

 どこへ行くかも決めず、テオバルトと並んで歩いた。店を出ると空気がピリッと冷たく、吐いた息が空へのぼっていく。



「私の身を守ってくれる人のことを疑っているわけじゃないんです。ただ、今度のパーティーが心配で」

「カミーユ殿下の誕生日パーティーだよね?」

「はい」



 カミーユ・アダンはこの国の王太子で、乙女ゲームの攻略対象だ。パッケージの中央にいるキャラクターで、金髪碧眼のまさしく王子様といった風貌なのを覚えている。


 17歳になるカミーユに、まだ婚約者はいない。陛下は「結婚するのならカミーユと少しでも気の合う令嬢がいい」という考えだ。

 政略結婚をするとはいえ、相性は大切だ。過去に結局それでこじれて大変になった結婚をたくさん見ているので、できるだけカミーユの意思を尊重したいのだろう。


(カミーユ殿下のルートなら、ヒロインと何かしらのイベントがありそうだけど……)


 テオバルトしか攻略していないアデルは、大まかな出来事すら知らない。本編が始まってすらいないのだから考えすぎかもしれないが、アデル・クレールは嫌われ者だ。用心するに越したことはない。



「今度のパーティーは、貴族令嬢は一定以上の身分がないと招待されません。サラも連れていけないので、念のため自衛を」

「ああ……俺もずっとそばにいて守れないし」

「大丈夫ですわ、多分なにもありませんもの」

「そうだといいけど」



 テオバルトが心配そうにするのも無理はない。

 これは実質、カミーユのお見合い会場だ。アデルを出しにして何かを企んでいる者がいないとも限らない。



「出来るだけアデル嬢のそばにいるよ」

「ありがとうございます」



 気付けば道はこぎれいになり、可愛らしい店が多くなっていた。

 鍛冶屋での注文は思ったより早く終わってしまい、お茶の時間にもなっていないくらいだ。


(もう少し一緒にいたいけれど……これ以上テオバルト様の時間を奪うのも悪いものね)



「名残惜しいですけれど、用事も終わりましたので……」

「そうだね。じゃあ次は、温室に行こう」

「温室、ですか……?」

「アデル嬢はいつも温室でお茶を飲むよね? だから、温室なら楽しんでくれるかなって考えたんだ」

「あ……好き、です」



 テオバルトが自分のことを考えてくれていたことが嬉しい。

 頬を染めて見上げるとテオバルトと目が合って、かちりと時間が止まった気がした。前は笑みの形に細められているだけだった目に、優しさが宿っている気がして……。



「あ、の……テオバルト様。今日、どうして一緒に外に出かけようと……」



 勇気を出して問いかけたアデルを、テオバルトがさっと背に庇った。テオバルトの背中が視界を占める端で、次郎が剣の柄に手をかけているのが見える。

 サラに手を引かれてテオバルトから少し離れた瞬間、可愛らしい声がした。



「きゃあっ! ごめんなさい!」



 ビリっという音と共に、足元にレモンが転がってくる。それをサラが蹴飛ばして、私を後ろに庇った。

 剣呑な雰囲気に驚く女の子に、テオバルトが声をかけた。



「いきなり出てきたから驚いちゃって、ごめんね」

「いっ、いえ、こちらこそ急いでいて前を見ていませんでした! ごめんなさい!」



 護衛が剣の柄から手を離すのを見て、アデルはホッとため息をついた。慌てた女の子がテオバルトにぶつかってしまっただけのようだ。


 アデルは護衛3人に向かって大きく頷いてみせた。前に強盗に襲われかけた時のことを活かし、ちゃんとアデルを守ってくれた。サラにもお礼を言って、女の子と話し終えたテオバルトの背から出る。

 真っ先に庇ってくれたテオバルトにお礼を言おうとした瞬間、アデルの息が止まった。



「……ヒロ、イン……」



 金色の髪と薄緑の瞳、可愛らしい顔立ちと見覚えのあるエプロンドレス。

 ―—そこには乙女ゲームのヒロイン、レティシアがいた。


 この乙女ゲームは、スチルでヒロインの顔が出るタイプだった。何度も見た顔を間違えるわけがない。

 いつかヒロインがテオバルトを選んだのなら自分は去らないといけない、でももしかしたらヒロインは実在しないかもしれない……そんなアデルのわずかな希望を打ち砕くように、確かな実体をもってレティシアがアデルを見つめていた。



「あ……」

「アデル嬢? どうしたんだ?」



 逃げるように後ろへ出した足に、何かが当たる。サラが蹴飛ばしたレモンが、再びアデルの足元に戻ってきていた。



「……レモンを、駄目にしてしまって……ごめんなさい。テオバルト様、彼女を家まで送ってくださいますか? 途中でレモンを買って、それで……」

「アデル嬢を放って行くわけがないよ」

「でも、彼女が……私なんかよりも彼女を」

「気にしないでください、前を見ていなかった私が悪いんですから! デートの邪魔をしてしまってすみませんでした!」

「ま、待って……!」



 レティシアがレモンを拾っているのに、テオバルトは動こうとしない。こういう時、真っ先に動くのがテオバルトなのに。

 さっきまで二人の間に流れていたあたたかな空気は消え、テオバルトはむっすりとした顔でアデルを見つめていた。

 その後ろから、ひょっこりと三郎が顔を出す。



「俺が送り届けます。代わりのレモンを購入すればいいのですね?」

「三郎……」

「彼女を送ったらすぐに追いかけます」

「私がぶつかったのが悪いので、本当に大丈夫です!」

「……いいえ、レモンを駄目にしてしまったのはこちらのせいだもの。三郎、お願いね」



 暗に「家を突き止めてきてほしい」と頼むと、それを察した三郎が頷いた。

 破れてしまった紙袋にできるだけレモンを詰めて去っていく二人を見送った後も、まだ心臓が痛い。

 なんとか平静を装ったけれど冷や汗は止まらず、すぐにテオバルトに気付かれてしまった。


 その後は、気分が悪くなればすぐに帰ると約束して温室へ行ったものの、会話は弾まなかった。

 こうして、アデルの初デートは微妙な空気のまま終わってしまった。


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