それは過酷な

 今日のアデルは、サラと専属の護衛3人と共に、騎士団に来ていた。


 長らく戦争のない王国に騎士団は一つしかなく、人数も減りつつあるが、未だに多くの者が騎士として働いている。

 訓練場や食堂は大きく、洗濯などをする下働きも加えると膨大な数になる。小さな街のような騎士団には、理容室や雑貨屋まであるのだ。


 目立つ紫色の髪を帽子に押し込んだアデルは、騎士寮の中へと歩みを進めた。騎士たちは基本的に騎士寮で暮らして、いつでも出動できるようにしている。男所帯特有のにおいがするが、顔をしかめるほどではなかった。



「あちらの部屋です」



 一郎に言われて頷く。

 かたくなに「1,2,3」と呼んでほしい護衛たちにアデルが折れて、新しい名前をつけることにしたのはつい昨日のことだ。数字そのままで呼ぶのは嫌なので、一郎、次郎、三郎だ。

 野球選手や、大盛りラーメンや、演歌歌手が頭をちらつくが、考えないことにしている。アデルには名前のセンスがなかった。


 護衛いわく「以前の自分たちとは違う証であり、アデルお嬢様に一生を捧げる覚悟」で新しい名前を所望したらしいのだが……そういうのは名付ける前に言ってほしかったと、心底思う。


(さらに忠誠心が強くなったのはいいことよね、うん)


 自分を納得させたアデルは、案内された部屋の前で止まった。数回深呼吸をしてから、木のドアをノックする。

 テオバルトから信頼できる騎士団員の名前を聞き、その団員を詳しく調べるようリックに頼み、今日この時間ならば自室にいるという情報を掴んだ。事前に訪問することは伝えてあるが、応じてくれるかは彼次第だ。



「……どうぞ」



 部屋の中から声がして、一郎がドアを開ける。一人暮らしの部屋に全員は入れないので、一郎とサラは外で待機だ。


 部屋の中はベッドと机と椅子が置いてあるだけの、シンプルなものだった。狭いので、それ以外入れられないのだろう。

 アデルを出迎えたのは、背の高い男性だった。鍛えられた体は威圧感があり、窓を背にしているので顔がよく見えない。

 ツーブロックで、長い髪を高い位置で三つ編みにしている、変わった髪型をしている。それが似合うのは、顔が整っているからだった。



「ジェラルド様ですね。初めてお目にかかります、アデル・クレールと申します」

「アデル・クレール……!?」



 アデルが帽子を脱ぎ、流れ落ちる紫色の髪を見ると、ジェラルドは目を見開いた。



「……何をしにきたんですか。クレール家のお嬢様が」

「テオバルト様の冤罪について、お話を聞かせていただけませんか? 何か気になることがあれば教えてほしいんです」

「……っなんで、あんたが……!」



 顔をそむけたジェラルドが握りしめた手が、ぶるぶると震えている。



「お願いです、教えてください。テオバルト様は冤罪です。それを証明したいのです」

「そんなの、俺の話を聞かなくてもできるだろ!!」

「できません!」

「できる! テオバルト団長に冤罪を吹っ掛けたのはアンタだろ! 今度も証拠を捏造すればいい!」



 剣を抜こうとする次郎と三郎を制し、ジェラルドから目をそらさないまま、ゆっくりと頭を下げた。



「お願いです、テオバルト様を救いたいのです。信じていただけないかもしれませんが、私はテオバルト様を陥れていません。お願いします!」

「そんなの信じられるか! アンタの性根の悪さは、王都にいる誰もが知っている! テオバルト団長ほど騎士である方はいないのに……!」



 危惧したとおり、アデルがテオバルトを罠にかけたという噂は騎士団にまで広がっていた。

 今までアデルと同じ空間にいたことすらないジェラルドにここまで嫌われていることに、アデルの心が傷付いて血を流す。それでも頭を下げることはやめなかった。



「お願いします! テオバルト様をお救いしたいのです! テオバルト様の冤罪が証明されたら私は消えますから!」

「嘘だ!!」



 アデルの後ろで、敬愛する主人をけなされた次郎と三郎が殺気を放っている。ビリビリと痛い空気の中、小さなノックの音が響いた。

 言い合いに気付いた誰かが、ここへ近付いているようだ。



「本日はこれで帰ります。……また来ます」

「来んな」



 それには返事をせず、最後にもう一度頭を下げてからアデルは部屋を出た。

 会話が聞こえていた一郎とサラが、ジェラルドを殺さんばかりに怒っているのを見て、サラは泣きそうになりながら微笑んだ。



「一郎が気配を探るのがうまいおかげで、誰かが来る前に移動できるわ。次に行きましょう」



 アデルには味方がいる。自分の代わりにこんなにも怒ってくれる。それがアデルの足を進ませた。

 テオバルトから聞いた騎士団員は、ジェラルド、マキシム、セルジュの三名だ。全員役職についており、テオバルトを敬愛していると聞いている。


 マキシムの部屋は近く、すぐにたどり着くことができた。



「私ひとりで行くわ。先ほどのように殺気を出されたら、話が出来ないもの」

「それは出来ません。お嬢様とあのような騎士を二人きりになど!」

「でも一郎、私を殺せば相手も死罪だわ。どうしてもというのなら、サラが一緒に来てくれる? 敵意を出さないでいてくれるのなら、だけど」

「善処します」



 結局誰もアデルが一人で行くことを許してくれなかったので、サラと共にマキシムの部屋へと入る。

 マキシムは両目が隠れるほど長い前髪をしており、始終無言だった。



「お願いします、テオバルト様の周囲で少しでも不審なことがあったのなら、教えてほしいのです」

「……」

「テオバルト様は冤罪です。絶対にどこかにその証拠があるはずなんです!」

「…………」



 十分ほど訴えたが、返ってきたのは沈黙のみ。最後には無言でドアを指さされ、帰れと促されてしまった。

 とぼとぼと部屋を出たアデルはそれでも挫けずに、最後の一人、セルジュの部屋へお邪魔した。

 セルジュはなぜか真っ白なシャツの胸をはだけ、赤いバラを口にくわえていた。パーマをかけたような金髪を芝居がかった仕草で払い、セルジュは赤いバラを手に持って掲げ、バーンとポーズを決めた。



「僕はセルジュさ!」

「アデル・クレールです。本日はお願いがあってまいりました」

「いいかい、僕は君を許さない! 決してね! 君がテオバルト団長を罠にかけたことを、絶対に証明してみせる!」

「テオバルト様の冤罪を証明したいのは私も同じです」

「そうやって手を組もうと言って、陰で証拠隠滅をするんだろう? きっと僕も殺される」

「そんな恐ろしいことはしません!」

「恐ろしいことをする、それがアデル・クレールだ」

「私はしません。絶対に! 本当です! 私はただ、テオバルト様を自由に……!」

「団長を自由にするというのなら、今すぐ婚約解消してくれたまえ」



 それからはいくらアデルが自分の気持ちを説明しても、セルジュは取り合ってくれなかった。なぜか延々とポージングを見せつけられ、アデルは落ち込んで騎士団を後にした。

 副団長から団長へ昇格したシリル・レノーに気付かれないように、3人が休みの日を狙ってきたのだ。これ以上騒ぎになると、シリル・レノーに来たことを知られてしまう。


 屋敷へ帰ったアデルは、馬車から降りて微笑んだ。泣きたいときほど微笑むのは、アデルの癖だった。



「一郎、次郎、三郎、今日は付き合ってくれてありがとう。よく斬りかからなかったわね。あなたたちがいてくれたおかげで、騎士団でも怖くなかったわ」



 三人とも整った顔を歪ませ、アデルに頭を下げる。何も言わないのが、今のアデルにとってはありがたかった。



「サラも、いつもありがとう。私、また騎士団へ行くわ。何を言われたって、テオバルト様のためなら何とも思わないもの。お父様とお兄様には、詳しいことは言わないでね」



 今日のことが知られれば、証言してもらう前に死体になってしまう。


 自室へ戻ったアデルは、服を着替えもせずベッドに寝ころんだ。

 アデルが嫌われているのは、クレール商会があらゆる貴族の弱みを知っているからだ。他家の情報を売る貴族を憎めばいいのに、その矛先はアデルに向けられていた。

 クレール家の現当主アランと次期当主であるベルナールは、その権力ゆえに恐れられ陰口も随分と叩かれているが、誰も頭が上がらなかった。この国の王族でさえ。

 一方のアデルは一人だけ毒々しい紫の髪を持ち、女であり権力を持っていないので嘲られていた。

 滅多に社交に出ないのをいいことに、根も葉もないうわさをばらまかれ、都合が悪いことはすべてアデルのせいにされた。女性はアデルを利用し、女性の社交を知らない男性は噂を鵜吞みにする。


 アランとベルナールも心を痛めているのに、何もしないでいてくれている。それはアデルに悪意がある相手が没落するよりも、自分が傷付くほうを選んだアデルのせいだった。



「……テオバルト様のためなら、これくらい何でもないわ……」



 そう思ってみても、流れ出る涙は止められなかった。




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