私は悪役令嬢4
テオバルトと会う頻度が極端に減って落ち込み気味のアデルと違い、テオバルトはどんどん元気になっていった。
やはり、体を動かせないのがつらかったようだ。大きな部屋で思う存分筋トレや素振りをし、様々な相手と手合わせをして生き生きしていると報告がきている。
きっちり三日ごとにクレール家に来るテオバルトは、昼過ぎから黄昏時まで体を動かし、シャワーを浴びてからみんなで夕食を一緒に取るのがルーチンになっていた。
「アデル嬢をエスコートする栄誉を与えてくださいますか?」
「ええ、お願いします」
テオバルトはいつも、ダイニングルームまでアデルをエスコートしてくれる。たくましい腕にわずかに触れるだけで、こんなに近くにいるだけでアデルの心臓はうるさいのに、テオバルトにその様子はない。
テオバルトの気持ちはわかっているのに、なぜか少しばかりガッカリしてしまう。アデルの長くしつこい片思いは、そう簡単に消えないようだ。
「アデル嬢には、本当に感謝しているよ」
クレール家に来るたびに感謝を伝えてくるテオバルトの声は弾んでいた。
「護衛の方々は非常に強く、なにより忠誠心が素晴らしい。少し話しただけでも、クレール家に忠実なのが伝わってくる。使用人も同様だ。クレール家の情報がちっとも漏れない理由がよくわかる」
「みんな自慢の家族なんです。テオバルト様がそう思ってくれて嬉しいですわ」
護衛たちは二年前にアデルが危機に陥りテオバルトに出会った後から、徹底的にしごかれた。あの時一緒にいた護衛は首になりかけたが、アデルが取りなしてクレール家にそのまま仕えている。
それもあってアデルへの忠誠心は非常に高く、今では安心して護衛を任せられる。
ダイニングルームにつくと、すでにアランとベルナールが着席していた。遅れたことを詫びて席に座ると、すぐにディナーが始まった。
「体を動かすことは大事だけれど、もう少しアデルと過ごす時間があったほうがいいんじゃないかな?」
「うんうん、私もそう思うよ! せっかくの婚約期間なんだから、甘い時間を過ごすべきだよ!」
「お父様もお兄様も、テオバルト様を責めるのはやめて。私が訓練してほしいと頼んでいるのよ。テオバルト様の鍛えられた体が素敵だから」
嘘は言っていない。
たまにこっそりと訓練を見る時のテオバルトの胸筋や腹筋のたくましさと言ったらない。
邪魔をしてはいけないと思って少し覗くだけにしているのだが、許されるのならかぶりつきで見たい。凝視したい。躍動する筋肉を眺めていたい。
(甘い顔つきなのに筋肉があるというのがたまらないのよね……)
うんうんと頷きながら、ステーキを切り分けた。運動したテオバルトのために、食事は肉などのたんぱく質を多くするように頼んでいる。
記憶を取り戻す以前の、テオバルトと二人きりの時間が何よりも大切だったアデルからは考えられないような、穏やかな時間が過ぎる。
貴族らしくゆっくりと食事を終えた後、アデルはテオバルトを見送るために玄関ホールの外まで出た。使用人たちは気を利かせて距離を取っており、淡くまたたく星空の下で二人きりになったようだ。
「アデル嬢、今日は素敵な時間をありがとう。では、また」
「はい。また招待状をお送りいたします」
テオバルトは周囲の気配を探ったあと、そっと告げた。
「あの報告書に書いてある俺の発言は、すべて真実だよ」
最後にアデルに微笑みかけると、テオバルトは軽く手を振って去っていった。
テオバルトを見送ったあと、アデルは「しばらく一人にしてくれ」と言って自室に入り、鍵をかけた。
机の引き出しから出した紙の束には「テオバルト・ヴァレリーの裁判に関する報告書」と書かれていた。記憶が戻る前のアデルもテオバルトは冤罪だと確信しており、婚約直後からアランに事件のことを調べるようお願いしていたのだ。
調べるのに時間がかかったのか、熱を出した後のアデルが物事を冷静に見られるようになったからか、アランは裁判から一か月経った今朝、報告書を渡してくれた。
テオバルトにも報告書を読んでもらったが、訂正すべき箇所はないようだ。朝に読んだ報告書を、もう一度じっくり読んでいく。
「テオバルト・ヴァレリーは騎士団長になってから約一年、横領を繰り返していた、か……」
報告書には、テオバルトは騎士団へ納品する商人と結託していたと書かれていた。領収書に書かれた個数より少なく納品し、その差額を商人と分け合ったとされている。
これは商人個人の取り引きで、商会そのものは関係ないという調査結果が出ている。
「備品数のチェックも、月に一回あるはずよ。それなのに一年も問題にならなかったなんて……」
テオバルトがお金を横領した理由は、娼婦に入れあげたから。裁判では娼婦と商人がテオバルトの不正を証言したが、テオバルトは否定している。
騎士団の書類は全てテオバルトが処理しており、自分で提出先へ持って行っていた。それはテオバルト自身も認めていて、複数の騎士団員の証言もある。
証拠として出された決算書は筆跡鑑定もされたが、テオバルトのものと判断されていた。
「筆跡鑑定師も、副団長のシリル・レノーが手配したに決まってるわ! 今のところ、シリル・レノーが書類を偽造したと考えるのが自然ね……」
財務署のトップは、清廉潔白で有名なブライアン・カンテだ。
仕事に関してはロボットかというほど感情を表さず、私情をはさまない。自分の親族が不正をしていた時も、嘆願に耳を貸さず裁判送りにしている。
完璧な仕事人であるブライアン・カンテが横領に気付くように、シリル・レノーが少しずつ情報を出していたはずだ。
ブライアン・カンテはいつも、不正をした者をすぐに上奏しない。確実な証拠を得てから動く。今回もシリル・レノーが偽造した横領の証拠をそろえてから進言したのだ。
シリル・レノーも横領に関わっているとされ軟禁されていたが、裁判後に釈放され騎士団長に昇任している。
乙女ゲームの知識を鵜呑みにしてはいけないが、テオバルトを騎士団から追い出して一番利益を享受したのがシリル・レノーなのは、純然たる事実だ。
この報告書を渡された時の、アランの言葉を思い出す。
「私にとってアデルがいつまでも愛しい娘であることは変わらない。けれど、もうすぐ嫁いでしまう。今後のために、この件は一人で出来るところまでやってみなさい。もちろん、私もベルナールもアデルの味方だ。いつでも手を差し伸べる準備をしておくよ。遅くなってしまったが、婚約祝いを贈ろう」
そういって、クレール家の権限の一部をアデルも使えるようにしてくれたのだった。
机の前にある窓から、凛とした空気が静かに流れ込んでくる。
テオバルトのために自分に出来ることをしようと決意し、アデルは静かに窓を開けて星空を見つめた。
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