欲望と結晶

 数日が過ぎ、工房での日常が戻ってきていた。俺は黙々と作業を続け、シルヴィとミアも手伝ってくれていた。しかし、俺の心の中には常に物足りなさがあった。指先で素材に触れるたび、もっと高度な加工ができるはずだという感覚が蘇る。だが、実際にはそれを形にすることができず、もどかしさが募るばかりだった。


「ロアンさん。また、冒険セットの注文が、二十個ほど入りました」

「そうか。わかった」


 俺は素材を机に並べ、イメージする。素材を加工し、剣を鍛錬し、魔力を付与して、ビギナー向けにはそこそこ上等な武器と防具の一式が出来上がる様を。


 目を開き、素材を手にする。あとは、脳の仕事だった。俺は視界の中で変化する武器たちに対し、適切にクラフトスキルを切り替え、使用し、通常の鍛治に必要な工程を大幅に最適化して、あるいはショートカットして、装備を完成させていく。思考が先に走り、考えたままに体が動き、装備は形を変えていった。


「手慣れたもんだな。初級品の量産も」


 ガレスが俺のところにやってくる。初級品といっても、ただ安く簡素な装備を作るのではなく、E級なら余裕でクリアできる程度の一式のクオリティにはしている。


 素早く大量に作れるからといって、格安提供をしたりはしない。それでも買い手がいくらでもいるからだ。それほどダンジョン普及からくる需要は尽きないのである。俺の場合は、ロアンの工房作品という、まだブランドとして確立していないはずの安心保証が人々の間で転々としているから、という背景もあるが。


 無理な生産を続けなければ作るだけ売れる。それを喜んでくれる人々の声も届く。それは嬉しいことだし、稼ぎもそれなりのものになってきたから、近々工房のバージョンアップも予定しているほどだ。だが、俺の満足感はどうにも煮詰まらなかった。


「ほれ、これが要望されてたマグダイト鉄鋼製の剣、三本だ。あんたが用意した基準はクリアしてるぜ。同じ本数だけ折ることにはなったがな」

「いや、助かるよ。本当にガレスがいてよかった」


 ガレスに依頼していたのは、俺がクラフトスキルでまだ安定した量産ができないランクの武具装飾だった。様々な候補者の中で、素材の扱いと武具の作成に秀でていたガレスを採用したのは偶然であり、今を見越してのことではなかったのだが、こうして俺の能力の不足を補ってくれる人材がいてくれるのはありがたいことだ。


 素材を砕いて能力付与するだけなら素早くできる。だが、ランクにしてC級以上の装備を作るには、武具作成スキル『フォージアーティスト』を用いたとしてもきちんとした工房の設備でしっかりと工具を使って打たないと、品質が安定しない。自身の能力向上のためにもこの頃は受注生産を増やしてして、間に合わない基礎部分はガレスにお願いすることにしている。


 あのダンジョンはまたシルヴィが調査に行ってくれていて、そこで手に入れた素材も俺のところに回してもらっている。行けば採れる物には限られるが。それでも一般のルートでは少量しか手に入らない中位素材の取り回しを幾分マシにしてくれていた。


 ヴァルドはセラとリックに連れられた後にどうなったのかはわからない。俺の居場所はわかるだろうに、まだ目覚めていないのか、文句を言いにくるつもりがないのか。面倒が起こらないのは願ったり叶ったりだけどな。


 そうして今後のことを考えながら仕事をしていたとある日の午後、工房の空気を切り裂くようにノックの音が響いた。


「ロアンさん、ブレイクウォーター領の領主と名乗る方がお見えです。お通ししますか……?」


 リサが丁寧に告げる。彼女の声には、いつもの冷静さの中に少しばかりの緊張が混じっていた。俺は手元の作業を中断し、顔を上げた。


「ブレイクウォーター領主?」


 思わず聞き返してしまう。これまで、ここまで遠方からの来客はなかった。しかも領主自らとは。俺は急いで作業着の埃を払い、応接室へと向かった。


 応接室に案内されたのは、リサよりも色濃く日に焼けた若い女性だった。その立ち居振る舞いからは、並の家柄の人間ではないことが窺えた。


「初めまして、ロアン殿。私はブレイクウォーター領の領主、エリザベス・ブレイクウォーターと申します」


 エリザベスの声は張りがあり、その眼差しには決意が宿っていた。俺は慌てて姿勢を正した。


「は、はい。どのようなご用件でしょうか」


 エリザベスは真剣な表情で切り出した。


「実は、我が領地で農業の効率化と環境保護を両立させる特殊な魔導具を求めております。貴方の噂は、遠く我が地まで届いておりましてな」


 俺は驚きを隠せなかった。自分の名が、ここまで遠くまで知れ渡っていたとは。喜びと同時に、重圧も感じた。


「特殊な魔導具、ですか……」


 俺は言葉を選びながら答えた。頭の中では、これまでに作った装備の数々が走馬灯のように駆け巡る。たしかに、優れた装備は作ってきた。しかし、農業用の特殊な魔導具となると、これまでとは違う挑戦になりそうだった。


「具体的にどのようなものをお求めでしょうか」


 エリザベスは前のめりになって説明を始めた。


「我がブレイクウォーター領では、数多くのダンジョンの出現により耕作地が減少しています。ダンジョン内で得られる特殊な肥料や魔力を帯びた水が農作物の生産性を飛躍的に向上させているものの……過度の魔力利用による土壌汚染や異常気象が問題となっています。これらを解決し、安全かつ効率的に農業を行える魔導具が必要なのです」


 俺は深く考え込んだ。聞いた話から浮かんでくる案はある。しかし、農業用の特殊な魔導具を作るには、現地の状況をよく知る必要がある。


「少々お時間をいただけますでしょうか。領地の状況を詳しく知り、適切な魔導具を設計する必要があります」


 エリザベスは頷いた。


「もちろんです。実は、隣接するアルデン領とストーンヘッジ領も同様の問題を抱えているようなのです。もし貴殿の魔道具に高い効果が認められれば、国の端々にまでその名が轟くことになりましょう」


 俺は驚きを隠せなかった。中枢機関から離れた領地ではそれほどの大きな問題が発生していたのか。ダンジョンの出現そのものが環境に影響を与えているのか、ダンジョンに出向く者が増えて自然が疎かにされているのか、魔力汚染というものか想像を超えて深刻なのか。


「もしよろしければ、三つの領地の状況も詳しく教えていただけますか? アイデアは広く浮かんだ方が作業が捗るので」


 エリザベスは満足げに微笑んだ。


「ありがとうございます。一週間後、他の二つの領地の代表も呼んで再度訪問させていただきます。その間に、各領地の詳細な情報をお送りいたします」

「はい。お待ちしています」


 つい二つ返事で了解してしまったが、想像していたより大きな事態になってしまった。


 エリザベスを送り出した後、俺は重い足取りで工房に戻った。そこで、俺は机に突っ伏した。頭の中は、三つの領地の問題と、自分の技術をどう活かすかでいっぱいだった。


「どうしたらいい。俺はこのまま突き進めばいいのか」


 工房が大きくなれば、その分だけチャンスも広がる。有名になることは悪ことじゃない。もはやプレミアと呼べるほど高騰しているA級素材を扱うチャンスにも恵まれるかもしれないからだ。


 だが、同時に思う。地道に実績を積み上げるしか最適なルートはないのかと。俺は腐ってもダンジョンで育ってきた人間だ。技術が認められて様々な分野からお声がかかるのは嬉しいけれど、本音のところでは、高位の魔物を効率的に、かつ絶対的な安全性を持って倒せる、そんなレベルの武具を量産できるほどの力を手に入れてみたいのだ。


 そんな自覚が何かを呼び起こしたのか、次元の指輪にしまっていたはずの結晶が、気づいたら机の上に置かれていた。


「なっ……」


 そして、目開けていられていられなくなるほどの輝きを放ち始め、気づけば俺は、三度目となる異次元的な空間に飛ばされたのだった。


「これは......でも、ここはダンジョンじゃないのに……!」


 目の前に広がっていたのは、工房。俺の工房だ。


 ただし。


 無尽蔵とも呼べるほどの素材が積まれた、俺にとっての理想郷であった。


 

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