無限の製成
結晶がダンジョン以外の場所で反応するのは初めてのことだった。俺は困惑しながらも、しかし、脈動する結晶の温もりに何か特別なものを感じていた。
目を開けると、そこは俺の工房だった。ただし、目を凝らしてみると、歩けば届く位置にあるはずの壁が永遠に辿りつかない場所にあることがわかる。机上にもありとあらゆる素材が置かれていた。黄金や銀はもちろん、幻の鉱石や伝説の魔獣の体の一部まで。俺がこれまで本でしか見たことがない、あるいは一度しか目にしたことのない素材の数々が、手の届くところにある。
「これは……」
俺は息を呑んだ。この空間では、無限にクラフトができそうだった。全身の細胞が喜びに震えるのを感じる。
「いいのか?」
俺は謎への疑問を呈すると共に、自分自身へと問いかける。これは一度手を出せば、おそらくは脳が死ぬぐらいまでのめり込むことになる状況だ。もはやリスクとさえ呼べないほどの自殺行為。そうわかってはいたが、俺は目の前に並べられた素材たちを、手にとってその重みを確かめていた。
衝動に突き動かされた結果ではある。だが、単に欲望に負けたわけではない。俺が抱える閉塞感を打開するためには、必要なことだと思った。
俺は次々と素材を組み合わせ、新たな装備を生み出していく。時間の感覚さえも失われ、ただひたすらにクラフトに没頭した。
素材を触れば、その特性が手に取るように理解できる。魔力の流れを制御し、複数の効果を組み合わせることも容易になった。この工房を持つ前は考えられなかったほどの精度と速度。だが、俺が目指しているのはもっと高難度のクラフトの高速化だ。
繊維を抜い、指輪を打ち、剣を研ぎ、一つの装備を作るのに数週間。それが日を追うごとに高速化されて、数日という単位で精製が可能になる。俺のクラフトスキルは驚異的な速度で向上しているようで、その実、信じられないほどの月日をかけて技術が磨きをかけられているのだった。素材の扱いが格段に上達し、魔力の制御も自在になっていく。レベル3の力を使いこなしている感覚が、体中を駆け巡る。
レベル3素材活用スキル『マテリアルマスター』: 希少素材の最大活用と複合素材による高性能アイテムの作成
レベル3魔法付与スキル『エンチャントエンジニア』: 効率的な魔力注入と使用者の魔力増幅装備の製作
レベル3武具作成スキル『フォージマエストロ』: 高性能と軽量性を両立した耐久性のある装備の製作
レベル3特殊能力付与スキル『アルケミスト』: 多機能かつ適応型の装備製作
レベル3装備者テーラリングスキル『シンクロスミス』: 使用者に最適化された装備のカスタマイズと潜在能力引き出す。
レベル3装備修理スキル『リペアレジェンド』: 迅速な修復と性能向上、既存装備への機能追加
レベル3ダンジョンテーラリングスキル 『ダンジョンデザイナー』: ダンジョン環境適応型装備と魔物特化型武器の設計
レベル3並行生産スキル『インダストリアルクリエイション』:複数の装備を同時に製作できるスキル。素材さえあれば初級品は際限なく同時製作可能。また、素材の効率的な使用が可能となり、通常の倍の装備が同量の素材から作成可能。
レベル3本質複製スキル『パーフェクトレプロダクション』:一度作った装備の本質を複製し、短時間で同じ性能の装備を作り出せる。複製時間が大幅に短縮されるうえ、複製対象を即座に生産を切り替えられる。複製品の特性や性能もほぼオリジナルと同レベルで実現可能。
レベル3工程最適化スキル『ハイパーエフィシエンシー』:製作過程を最適化し、作業速度を大幅に向上させるスキル。連続作業による疲労も軽減。複数の工程の同時進行も可能。
レベル3品質標準化スキル『アブソリュートクオリティ』:大量生産時でも一定以上の品質を保証するスキル。生産量に関わらず、全ての製品で最高品質を保証。さらに、不良品の発生率を千個に一個ほどに抑え、材料のロスを最小限に。また、製品のばらつきを極限まで抑え、大量生産品でも手作り品に匹敵する品質の均一性を実現。
本来ならギルドの鑑定所でないと確認できないスキルレベルが、映像のように視界の上部に浮かび上がってくる。
「すごいな……これが、レベル3の力か」
俺は、自分の手から生み出される装備の数々に目を見張った。輝く剣、不壊の鎧、神秘の指輪。どれも、これまでに作ったものとは比べものにならないほどの品質だった。
しかし、それでも満足できなかった。必要以上の衝動が結晶から与えられている。わかっていたことだというのに、もう止めることができない。さらなる高みを目指し、俺は作業を続けた。この世には存在しないとされる、誰も至らぬ領域、レベル4のスキルが霞の先に見えた気がした。俺はその神話的な世界を目指して、際限なく創造を続ける。
そうしているうちに、空間に異変が起きた。周囲が歪み始め、俺の体も崩壊が始まる。認知上の問題なのか、あるいは、肉体のほうが先に限界を迎えたのか。
「これは……まずいか……」
額に汗が流れる。このままでは、元の世界に戻れなくなる。しかし、クラフトスキルの発動は止まらない。後少し、もう何度かスキルを使えば、至る。そんな、期待に追い立てられ、結果に裏切られ、それでも止めることができず、次なる予感にまた手が動き続ける。まるで、この世界に繋ぎ止められようとしているかのようだ。
そのとき、かすかな声が聞こえた。
「──アン! ロアン!」
ミアの声だった。懸命に俺を呼ぶその声が、意識を現実へと引き戻す。次の瞬間、結晶が砕け散る音と共に、俺の意識が現実世界に引き戻された。
目を開けると、そこは工房だった。ミアが遺跡にいたときのように魔族の姿で俺を見つめている。その手には、砕け散った結晶の欠片が握られていた。
「くっ……俺は、いったい……」
先ほどまで俺はクラフトに没頭していた。だが、覚えているのはそれだけ。具体的に、何をどうしていたのかまでは覚えていない。とんでもなく永い時間を過ごしていた気もするが、意識を失って床に倒れるまでの数秒の間のことだったという感覚も同時にあった。
「なにしてんの。馬鹿なの?」
ミアは俺の横にしゃがみ込んで俺のことを見下ろしていた。あのまま続けていれば、俺は現実世界に戻れなくなっていたかもしれない。
「ありがとう、ミア。助かった」
俺は感謝の言葉を述べながら、ゆっくりと体を起こした。体中が軋むような痛みを感じる。まるで何日も休まず作業を続けていたかのような疲労感だ。
「ミアはどうしてその姿に?」
「さっきまでシルヴィといつものとこを探索してたから」
俺とシルヴィが最初に訪れたあの魔界化ダンジョンか。そういえば、あそこで結晶を手に入れたんだよな。壊してしまったけど、ダンジョンへの影響はないんだろうか。消えたりしていないのか。
「ミアは、大丈夫なのか?」
「なにが?」
「あの結晶とダンジョンがリンクしてるなら、ミアにも影響があるんだと思ったんだけど」
「んーわかんない。いまのところはなんにもないかも」
考えなしに行動するタイプなんだな。直感的にそう判断したのか、あるいは本当に何も考えていないのか。
「で、どうだったの?」
「どうかな。何か変わった気はする。けど、そこまで劇的な変化は感じない」
「冒険者ギルドのスキル鑑定所ってところで見てきたら?」
「そうだな。念のためそうしてみるよ」
ダンジョンの探索状況についても、シルヴィに聞いてみよう。
というか、ブレイクウォーター領からの依頼もあるし。色々と、まだ考えなきゃいけないことが残っているな。
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