S級としての力
遺跡の奥から現れたのは、まさに悪夢のような姿をした魔物だった。巨大な体躯は漆黒の鱗に覆われ、その表面には不気味な紋様が浮かび上がっている。背中からは幾つもの触手が蠢き、まるで生きた蛇のように周囲を探っていた。頭部には複数の赤い眼が不気味に光り、それぞれが独立して動き、周囲を警戒しているようだった。口からは鋭い牙が幾重にも並び、その間から粘り気のある唾液が滴り落ちていた。
シルヴィとミアも、その姿に息を呑んだ。この魔物からは、これまでに感じたことのない強大な魔力が放たれている。その存在感だけで、周囲の空気が重く、息苦しいものになっていた。
しかし、ヴァルドの表情は違った。彼の目には戦意が燃えていた。その口元には、薄く笑みさえ浮かんでいる。
「ふはははっ、来たぜ来たぜっ……お前らに見せてやるッ!! これがS級の力だッ!!」
ヴァルドが剣を構える。その姿勢から、並外れた実力が感じられた。魔物によって歪められていたはずの周囲の空気が更に歪み、魔力が渦を巻いているのが見て取れる。やつにとっては、強くなることが至上命題。だが、それは単なる戦闘力としてではない。異常なほどの悪殲滅へのこだわりによるものだった。ただし、その悪とは、ヴァルドの意にそぐわぬ全て、ではあるが。
魔物が咆哮を上げ、触手を一斉に伸ばしてくる。その速度は目を見張るものがあり、普通なら避けることさえ難しいだろう。しかし、ヴァルドはそれを軽々とかわし、まるで舞うように動きながら一気に魔物に近づいた。
ヴァルドの剣が閃く。その軌跡が空気を切り裂き、魔物の体に深い傷が刻まれる。黒い体液が噴き出し、魔物が苦悶の声を上げる。しかし、驚くべきことに魔物はその傷を瞬時に再生させ、さらに激しく攻撃を仕掛けてきた。
「チッ、しぶとい奴だ」
ヴァルドは一旦距離を取り、魔物の動きを観察する。その冷静さは、S級のダンジョンを踏破せんとする冒険者のものだった。瞬時に状況を判断し、次の一手を考えている様子が伺える。
魔物が再び襲いかかる。今度は、口から猛毒の霧を吐き出してきた。その霧は周囲の石さえも溶かしていく強力なものだ。
「そんなもの、効かねえってんだよ!!」
ヴァルドは剣を大きく振るい、魔力を纏わせた斬撃で毒霧を切り裂いた。斬撃は毒霧を完全に払いのけ、さらにその先にいた魔物にまで到達し、新たな傷を付けた。
戦いは激しさを増していく。ヴァルドの剣が何度も魔物の体を貫くが、その都度再生してしまう。しかし、ヴァルドは諦めない。むしろ、その表情には昂揚感さえ見て取れる。
「もっと……もっと力を……!」
ヴァルドの叫びと共に、彼の体から凄まじい魔力が溢れ出す。その威圧感に、魔物さえも一瞬ひるんだ。地面が震え、空気が重くなる。まるで自然法則そのものが歪んでいるかのような感覚だった。
「俺がっ! 俺がS級だッ!!」
渾身の一撃が魔物を襲う。その瞬間、辺りの空間が歪み、魔物の体が大きく裂けた。今度こそ再生が間に合わない。魔物は苦悶の叫びを上げながら、崩れ落ちていった。その体が地面に落ちる衝撃で、遺跡全体が揺れる。これが俺たちの見てきたS級戦闘職の力……。いや、本当に、そうだったか? ここまで力に頼った戦闘をするスタイルではなかったし、A級と見てもかなり上位クラスの魔物を相手に、こんなにも自力だけで圧倒できるほど強かっただろうか。
しかし、見事に戦いは終わり、辺りに静寂が戻る。ヴァルドは息を荒げながらも、勝ち誇った表情を浮かべていた。その姿は、まさに歴戦の英雄のようだった。しかし、その目はすぐに俺に向けられた。そこには、先ほどまでの昂揚感とは異なる、何か狂気じみたものが宿っていた。
「だからよぉ……よこせよ、その結晶……ッ!!」
ヴァルドの声には、狂気じみた渇望が滲んでいた。その目は、俺が持つ結晶に釘付けになっている。
「お前には使いこなせねえ。その力ぁ俺にこそ相応しいんだ!」
ヴァルドが俺に詰め寄る。その眼差しには、強い敵への渇望と、自身の力を証明したいという欲求が混ざっていた。まるで、先ほどの戦いでさえ物足りなかったかのような狂気が感じられる。
「待って、ヴァルド! それ以上は……!」
セラが制止しようとするが、ヴァルドは聞く耳を持たない。彼の目には、もはや仲間の姿さえ映っていないようだった。
「黙れ! 俺はS級なんだ。この力があれば、もっと強い敵と戦える。そのためには、何だってする……」
ヴァルドの狂気じみた様子に、俺たちは身構える。かつての仲間の姿はもはやなく、そこにいるのは力に取り憑かれた男だった。その姿に、俺は言いようのない悲しみと恐れを感じる。
緊張が高まる中、遺跡の奥からさらなる唸り声が聞こえてきた。新たな脅威の予感に、全員の表情が強張る。しかし、ヴァルドの目には期待の色が浮かんでいた。
「来い……もっと強いやつが来い! 俺が……俺がすべて叩き潰してやる!」
ヴァルドの叫び声が遺跡に響き渡る。その声に呼応するかのように、奥から何かが近づいてくる気配がした。
戦いは、まだ終わっていなかった。むしろ、真なる戦いはこれからだという予感が、その場にいる全員の心を締め付けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます